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第12話 なぜ正々堂々と立ち合わないのですか!?

「試合? なんで? 親睦を深めるのにどう関係が?」


「人となりは戦いに滲み出るものです。互いにそれをぶつけ合えば、深く理解し合えることでしょう!」


 カナデは腰を落とし、右手は刀の柄、左手は鞘を握っている。居合の構えだ。


「さあ、いざ!」


「いやいやいや待って待って! べつに真剣じゃなくてもいいでしょ! 負けたほう死んじゃうじゃん!」


「くっくっくっくっ、命のやり取りほど深い交流などありましょうか!?」


「深く交流した結果、死んじゃったら意味ないし! 君はランドルフを追うために仲間入りしたんでしょ! おれと君、どっちが死んでも叶わなくなっちゃうよ!」


「試合の結果なれば、それも仕方なし」


「仕方なくないよ! おれは死ぬわけにはいかないし、君を殺すつもりもない!」


「聞き捨てなりませぬ。この私に勝てるおつもりか!」


「そういう話じゃないんだよぉお!」


 はっきり言って逃げたいが、カナデの足からは逃げられないだろう。下手したら背後から斬られて終わりだ。


「アラン様、多少の怪我ならわたくしが治せはしますが……」


 不安そうにクローディアがささやく。


「わかってる。カナデはもうノリノリだし……やるしかない。互いに無傷で、勝つ」


 カナデが不気味に口角を上げる。


「ほおう、大した自信で! くくくっ、やる気になってくださったのは良いですが、無傷とは大きく出たものです! 目に物見せて差し上げましょう!」


 おれは覚悟を決めて、カナデと向き合う。


 側頭部をとんとんと指で叩き、敵と相対するときの意識に切り替える。


「やる前に確認しておきたい。ルールは? 剣術のみか?」


「ルールなど不要」


「実戦形式ってことだな。おれは剣じゃなく弓や道具も使う。初歩レベルだが魔法もだ。本当にいいな?」


「魔法も? それは望むところ。ランドルフ殿にしてやられてから、私の目標に魔法を斬り捨てることが加わりましたので!」


 頷き、弓と矢を構える。


 するとカナデは、より深く腰を落として構えた。


「赤心一刀流、カナデ・タチバナ。参ります」


「アラン・エイブル、流派はない。なんでもやる。行くぞ!」


 おれは矢をつがえて弓を引き絞る。瞬間、カナデの視線が突き刺さる。飛んでくる矢を刀で弾くつもりだ。彼女ならきっとやれるだろう。


 だが、これはフェイントだ。


「――グリース!」


 短い詠唱とともに魔法を発動させる。


「むっ! とうあ!」


 カナデは目にも止まらぬ抜刀術で、放たれた魔力に刀を合わせる。だが斬れはしない。


 カナデもそれは承知の上だったのだろう。斬れなかったときのために、すでに次の動作に入っている。驚異的な瞬発力で踏み切り、二の太刀をおれに浴びせようというのだ。


 が――。


 ズベシャア!


 カナデは前のめりに派手にすっ転んだ。踏み切るべき足が、激しく滑ったのだ。


 おれの魔法の効果だ。(グリース)の魔法は、ただよく滑る脂を発生させるだけの初歩魔法だ。殺傷力はほぼない。しかし、高い瞬発力を売りとする相手には効果てきめんだ。強く踏み切るほどに、派手にすっ転ぶ。


 そこにすかさず引き絞った矢を射る。もちろん狙いは外す。


 カナデの顔のすぐ横に矢が突き刺さって、これで勝負あり。と宣言するつもりだったのだが。


「ふんぬっ!」


 転倒した無理な姿勢からでも刀を振るい、矢を弾く。これは驚きだ。


「小癪な魔法を……っ。しかし私はこの程度では」


(グリース)!」


 つるん!


「へぶっ!」


 カナデが手をついて起き上がろうとしたところ、その手を脂まみれにしてやった。今度は顔面からいった。


「ぐぬぬぬ! おのれ卑怯な――」


(グリース)! (グリース)! (グリース)!」


「ぬわっ、やめっ、滑る! 立てな――ああ、刀が! 刀が持てないぃい!?」


 連発した脂魔法(グリース)で、全身をヌルヌルのドロドロにしてやった。もはやカナデは武器さえ持てず、立ち上がれもせず、地面で惨めにもがくのみだ。


 だんだんと野次馬が集まり、奇異な目でカナデを見つめる。


「なにかしらあれ……東方の儀式かしら」


「あんなヌルヌルで……うわ、服が透けてるじゃん。なんか色っぽいな」


 やがてカナデは疲労によるものか、羞恥によるものか、真っ赤になって動かなくなった。


「負けを認めるかい、カナデ?」


「ひ、卑怯者ぉお! なぜ正々堂々と立ち合わ――」


(グリース)


「――はぶぶぶっ」


 脂を顔面にぶっかけて、おれはため息ひとつ。


「だってルール無用って言ったじゃん。実戦に正々堂々はないよ?」


 カナデは眉を吊り上げたが、やがて観念したのか、全身の力を抜いた。


「ぐ……ぐぬぬぅ……お、仰るとおりです……。このカナデが、甘かったということ……。負けを、認めます。くぅう……ご、ご指南、ありがとうございました……ッ!」


 ほっ、と一息つく。いや正直、まともにやり合ったら何回死んでも勝てそうにないし。


「クローディア、勝ったよ」


 と観戦していたクローディアに声をかけてみるが、彼女はカナデをジーッと見つめて動かない。


「……じゅるり」


「クローディア?」


「はっ!? はい、お疲れ様です、アラン様! お見事な勝利でした」


「ありがとう。なに見てたの?」


「いえ、あの脂魔法(グリース)ですが、あれを塗りたくって触れ合ったら、かなり気持ちいいのではないか……と」


「……そっかー」


 いつものドスケベ思考だったかー。


「あ、あの、ところで、手を貸していただけませんか!? 立てないのですぅ! 動けないのですぅ!」


「あ、それでしたらわたくしが!」


 ジタバタしながら助けを求めるカナデに、クローディアが駆け寄る。肩を貸して、なんとか立ち上がらせる。


「申し訳ありません、私のせいで貴方の衣服も汚してしまうことに」


「いえいえお気になさらず。まずは脂を落とさねばなりませんね? アラン様、わたくし、カナデ様と一緒に浴場へ行ってまいります」


「わかった。待ってるからいってらっしゃい」


「公衆浴場ですか? しかしこんな状態では、他の方々のご迷惑に」


「大丈夫ですわ! 個室のある浴場を知っておりますから! さあ参りましょう! はやく、はぁはぁ、はやく洗いっこいたしましょうっ。ふひひっ」


「あ、ありがたいのですが、なぜそんなに鼻息が荒く?」


「なんでもないですわ。うひひ、女の子の体……」


 ん? なんか小声で不穏なこと言った気がするけど。


 クローディア、まさか……。

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