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第10話 わたくしはオープンスケベ、あなたはむっつりスケベ

「だいたいなんですか貴方こそ、下品に大きいものをぶら下げて! 恥を知りなさい!」


 胸のことで反撃に出るシンシアだが、クローディアは一切動じず、大きな胸を堂々と張ってみせる。


「人の身体的特徴をあげつらうなんて、それこそ恥じることではありませんか!? それに、アラン様は大好きだと可愛がってくださるのです! 誇りこそすれ恥じる理由がありませんわ!」


 急におれの名前を出されて、ぼっ、と顔が熱くなる。


「ちょっ、今それ言うのやめてよっ」


 シンシアとセシルの視線が突き刺さる。


「さらに見損ないましたよ、本当に異教徒と淫行に走っていたなんて!」


「そっか、アランは先に大人になったんだ……」


「やめろよ、そんな目で見るなよセシル! というか、そこまで干渉されるいわれはないぞシンシア!」


「いいえ、追放されたとはいえ元は『勇者』の仲間だったのです。あまりに堕落されては『勇者』の称号を汚すこととなります! 迷惑です! よりにもよって、追放から10日足らずで、こんな異教徒と淫らな関係になるなんて……!」


 おれを庇うようにクローディアが前に出る。


「先程からわたくしやアラン様を淫らだと非難されておりますが、あなたのほうが、よほど淫らではないかとわたくしは思いますわ」


「急になにを言い出すのです? ラーゼアスの聖女に向かって」


 クローディアは含みのある微笑みを浮かべる。


「噂は耳にしております、聖女シンシア・ルーサー様。わたくしとさほど変わらない年齢なのに、圧倒的な神力とそれに裏打ちされた絶大な威力の僧侶魔法。その実力も功績も素晴らしいものと聞いております。尊敬しておりますわ」


 急に褒められて、シンシアは目をパチクリさせる。


「はあ。それが、どうしたと言うのです?」


「ただ、その若さで、それだけの神力。才能で片付けることはできません。神力を増幅させる手段を取っているに違いありませんわ」


「そ、それはそうです。私は教会に立ち寄れば、必ず祈りを――」


「その程度で足りるわけがないのです。あなたは、これまで何十、何百と生命の営みをおこなって神力を増幅させてきたはずです!」


 生命の営みの意味するところを体験しているおれとしては、聖女の鑑のように振る舞ってきたあのシンシアが、そんなことをしているとは到底思えない。


「その方法、ダナヴィル教だけのものじゃないの?」


「いいえ、どこの教えでも変わりません。教えによって、自然の摂理が変わるわけがありませんもの。シンシア様ほどの神力、エッチが大好きでなければ到底得ることはできません」


 シンシアはまたも真っ赤になった。


「い、言いがかりです! 人を不当に貶めるようなことはおやめなさい!」


「そうだよ、クローディアさん。これはちょっとタチが悪すぎる」


 抗議の声を上げたセシルに、クローディアは目を向ける。


「セシル様、教会に立ち寄った際、シンシア様はいつもおひとりですか?」


「うん。祈りに集中したいからって。朝までお籠りしてる」


「いつもサキュバスが出たと騒ぎになっておりませんか?」


「なってる。毎回だ。けど、いつもぼくらが寝てる間にシンシアが退治してくれてて」


 クローディアはにんまりとした笑みをシンシアに向ける。一方、シンシアは、なぜか顔をこわばらせた。


「ところで、サキュバスやインキュバスといった淫魔は有名な悪魔ですが、ラーゼアスの教典――しかも比較的新しいものにしか存在していないことはご存知でしょうか?」


「そうなの? じゃあ、つまり……どういうこと?」


「必要があって、そういうものがいる、ということにしたのだと考えます。ラーゼアス教は、人々が堕落するからと淫行を禁じ、禁欲、純潔を重んじておりますが……最も履行すべき聖職者にはとてつもない負担でしょう。抑圧された欲望が、いつ爆発しても不自然ではありません」


「えっと……じゃあ、禁を犯した聖職者の言い訳として、サキュバスやインキュバスに襲われたってことにしてる?」


 セシルはそぉっとシンシアの顔を見上げる。かつてないほどに顔が赤い。額からは冷や汗がだらだらと流れている。


「シンシア様が滞在なされたとき、必ずサキュバスが現れ、知らぬ間に退治されている。そして翌日には、神力が増幅されている。これらから導かれる答えは――」


「違うのです!」


 シンシアは大きな声でクローディアを遮った。


「神学生の方々が、あろうことか美しい私に劣情を抱いてしまい、その欲望をサキュバスに狙われただけなのです。神に仕える者を堕落させることこそ悪魔の目的なので! しかもこの私の姿を真似て。いいですか、真似られただけです! 私はいつも深夜まで祈りを捧げているのですが、そのお陰で救出できているのです。幼い少年にまで毒牙にかけるサキュバスを許してはおけませんから! それにそれに――」


 物凄い早口だ。必死で弁明しているのに、なぜだろう? 逆に傷口を広げているようにしか思えない。


「そもそも、常に強力な聖護結界に守られている教会に、容易く淫魔が侵入できるなんておかしい話ではありませんの?」


「あぅっ、それは――」


「不特定多数の方とするなんて、わたくしでもいたしません。シンシア様はわたくし以上のドスケベでいらっしゃいます! それを隠そうとしているならつまり、むっつりスケベ!」


「な、な、な――っ」


 いつの間にか酒場の喧騒は静まり、客たちはふたりの舌戦を好奇の目で眺めていた。衆人環視の中、むっつりスケベ宣告された聖女シンシアの心中はいかなるものか。


「ですが共感いたします。わたくしは、ドスケベ――オープンスケベです! そしてあなたはむっつりスケベ! そこになんの違いもありはしませんもの!」


「ちちちち違うのです! なにが違うのかと言いますと、違うから違うのでして! とにかく違うったら違うのです!」


 羞恥心が極まったか、もはや語彙も失ってシンシアは喚く。


 やがて、野次馬の視線を集めていることに気づき、ますます取り乱して身を翻す。


「お、覚えてなさい、異教の聖女! 次はこうは行きませんから!」


「はい、忘れません。むっつりスケベ様」


「それはお忘れなさいぃい!」


 捨て台詞とともにシンシアは逃げ出した。


「あっ、シンシア! ごめん、ぼくももう行くよ!」


 セシルもシンシアを追いかけて行く。


「……あいつら、なにしに来たんだっけ?」


「さあ……?」


 勝敗が決して野次馬が解散していく。そんな中、こちらへ進み出てくる女の子がいた。


「――失礼。貴方がた、『勇者』パーティの方々と因縁がおありなのですか?」


 それは黒髪ポニーテールの女サムライだった。

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