新しい友人
そんな疑問を胸に抱えながら、俺は静かな森の中を歩き出した。
緑に覆われた木々の間から差し込む陽光が、地面の苔にまだら模様を描いている。鳥のさえずりだけが、静寂を破る。
「……それにしても、魔物の気配がまったくないな」
そう呟きながら、俺の孤独な魔物狩りは続いていた。
──五日後。
いつものように森を進んでいたその時、不意に何かが俺に飛びついてきた。
柔らかい何かが胸に抱きついてくる。驚いて目を見開くと、それは白髪にオオカミの耳をもつ、まだ十歳くらいの少女だった。
普通なら、すぐに距離を取って対処していただろう。でも、なぜかその時は、少しだけ様子を見ることにした。
もしもこいつが俺の隙を突いて襲ってきたら──その時は、迷わず排除するつもりだった。
だが今は、敵とは認識していない。だから俺は、普段通りに声を発した。
「え? ちょっ、いきなり何だよ? 誰だお前?」
「す、すみません! あなたの顔を見た瞬間、嬉しくなって……思わず、抱きついちゃいました!」
「えーっと……どこかで会ったこと、あるか?」
目の前の少女は白銀の髪を揺らし、恥ずかしそうに首を横に振った。
「いいえ! 私だけがあなたを見ていたので、覚えていなくて当然です。驚かせてしまって、本当にごめんなさい!」
「いや、抱きつかれたこと自体は別に気にしてない。でも……俺、お前を助けた覚えなんかあったか?」
「うん。あなたは、私を魔物から助けてくれたんです。」
……知らないうちに、誰かを助けていたらしい。まあ、よくあることか。
それよりも、今はこの子をどうするかだ。正直、あまり関わりたくない。だから、早めに親のもとへ帰らせようと思った。
「もう暗くなってきた。そろそろ家に戻らないと、親が心配するぞ。」
「……親はもういません。私も死にかけていたところを、ご主人様──あなたが助けてくれたんです」
淡々と語るその声には、悲しみよりも感謝が滲んでいた。
……もしかして、この子は親から酷い扱いを受けていたのかもしれない。けれど、俺はそれ以上、深くは考えないことにした。
「あー……ごめんな」
「どうして謝るの?」
「親がいないのに、俺が助けたことで……ひとりにさせてしまったから」
そう言うと、少女は目を細めて、静かに首を横に振った。嬉しそうに、微笑みながら。
「親が死んだことは、やっぱり寂しい。でも……だからこそ、生まれて初めて“つらくない未来”を思えたんです。
人を助けたいって、心から思えた。もし親が生きてたら、私はただの農民として、感情もなく、ただ歳を重ねていたと思う。
でも今は、初めて“生きてて良かった”って思えたんです。
受け入れるのが難しいのは分かってます。でも、どうか──私を、あなたの仲間にしてください」
まるで、この日のためにセリフを練習してきたかのように、真っ直ぐな瞳でそう言った。
一人で旅をするのは、確かに気楽だ。だけど──やっぱり、どこか寂しい。
仲間として迎えるのも悪くない。でも、変な誤解を招いたり、何か神様に見透かされて罰でも受けたら嫌だ。
……いや、そもそもこの世界に神なんているのか?
俺は、少しだけ迷ったあと、答えを口にした。
「もちろん。どうせなら、仲間じゃなくて“友達”として一緒に歩こう」
こうして、俺の孤独な旅は終わりを告げた。
この子は、見た目こそ可愛いが、たぶんそういう意味で言ってきたわけじゃない。
だから、変な関係を生まないよう、俺も気をつけようと思う──。