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第9話:外交の仕事

「それでは、ヴィクター様とのお仕事を簡単に説明させていただきますね」


 最低限の荷物の移動だけだったので、アリシアの引っ越しは簡単に済んだ。

 ヴィクターの屋敷に来て三日、さっそくトーマスから仕事の話をされることになった。


「おい、トーマス。まだ彼女は離婚して三日だぞ。もうちょっとゆっくりしてから……」


 ヴィクターの苦言(くげん)にトーマスがにっこり笑う。


「お忘れですか。明後日、スフィア王国の大使夫妻のガーデンパーティーがあります。アリシア様のお披露目にもちょうどいいかと」

「う……っ」


 ヴィクターが口ごもる。


「あの、どういうことですか?」

「スフィア王国はご存知ですか?」

「え、ええ。本で読んだ知識しかありませんが……」


 スフィア王国は大陸の東南の沿岸部にある小国だ。海に面している国なので貿易に強く、温暖な気候の豊かな国だ。


「確か、国民性は明るく気さくだとか」

「ええ。南国らしい気質の方々が多いのですが……」


 言い淀んだトーマスのあとを、ヴィクターが継ぐ。


「大使夫妻はまだ二十代と若いんだが、どうも様子がおかしくてな」


 ふう、とヴィクターがため息をつく。


「お互いぎこちないというか……ぎくしゃくしているように見受けられる。夫婦間の問題なら口出しすべきではないが、もし我が国に馴染めないなど不安や不満があるなら知っておきたくて」


 トーマスが後を続ける。


「でも、ヴィクター様は男性です。細やかな女性の悩みを聞き出すわけにもいかず、指をくわえて見守るしかなかったのですが……」

「悩みを大使夫人からそれとなく聞き出してほしいということですか?」

「そのとおりです! アリシア様は実に賢明でいらっしゃる!」


 大仰に感心するトーマスにアリシアは苦笑した。


「大げさに誉めてくださらなくても大丈夫ですよ。でも、会ったばかりの方から悩みを聞き出すなんてできるでしょうか……。それに貴族のパーティーなんですよね……」


 アリシアが離婚して追い出されたと、もうとっくに噂になっているだろう。

 興味津々(しんしん)の女性たちからどんな視線を向けられるかと思うと胸に冷たいものが満ちる。


「私、そういう付き合いが嫌で……それもあって離婚したかったんです!」

「王族にそんな我がままは許されません、アリシア様」

「私、王族じゃないです!」

「王子の婚約者、という立場にご納得されたはずですが?」


 トーマスの言葉にアリシアはぐっと詰まった。


「……こんなことを言いたくはありませんが、アリシア様ももう大人の女性。自分の振るまいに責任がともなうのは自明の理」

「そ、そうなんですが……」


 詰め寄られているアリシアよりも、傍らにいるヴィクターの方が渋面になっている。

 いろいろ心当たりがあるのだろう。


「悪いことばかりではありませんよ! 王族の婚約者に支給される経費はとても一介の貴族の女性が稼げるものではありません。頑張れば頑張るほど、アリシア様の夢である、郊外のお屋敷獲得に近づくというものです」


 のんびり暮らせる我が家――それはアリシアが今一番欲しいものだ。


「失礼ですが、いきなり悠々自適の隠居生活ができる経済状況ではございませんよね? だったら気持ちを切り替え、割のいい仕事と思って……」

「わかりました! やります!」


 アリシアは両手を上げて降参の意を表明した。

 トーマスは飴と鞭を使い分けるのが上手と言わざるを得ない。

 さすが王子の侍従長だけはある。

 トーマスが澄まし顔で続けた。ごねる相手を説得するのに慣れているのだろう。


「ありがとうございます。では簡単にご説明を。アリシア様には王子とともに、外国から来られた大使や貿易商の方々と交流していただきます。今回のような、パーティーやお茶会などですね」


 トーマスがにっこり笑う。


「明後日のスフィア王国大使のお屋敷は、主立った大使たちが住まわれる外国人居留地にあります。今後、よく足を運ぶことになるので、ゆっくりご覧になってください」

「アリシア……」


 ヴィクターがおずおずと声をかけてきた。


「そんな情けない顔しないで。……ヴィクター」


 まだ名前を呼び捨てにすることに慣れていない。

 婚約者なのに敬語はおかしいだろうと、二人はフランクに話すことに決めたばかりだ。


「すまないが、スフィア王国との交易がどんどん盛んになっている。大使夫妻にはできるだけ我が国を親しんでほしい」

「わかってるわ。南国の果物を始めとした農産物だけでなく、最近では鉱山で採れる宝石や鉱石の輸入も盛んになっているし」


「あ、ああ。よく知ってるな」

「本ばっかり読んでいたから」

「我が国からの織物や工芸品の輸出も増やしたいと思っている。大使夫妻はその仲立ちの役割をになっている。わだかまりがあるなら知っておきたい」

「……できるだけのことはするわ」


 これでも貴族の令嬢だ。社交の場はそれなりに慣れている。


(本当は苦しくてしょうがなくても、笑顔で余裕をもって振る舞うすべも知っている……)


「美味しいものを食べよう。あと、酒も」

「えっ?」

「この仕事が嫌なことはわかっている。だから、せめて仕事が終わったら、美味しいものを食べて楽しもう!」


 今のヴィクターにできる精一杯の気遣いに、アリシアはくすっと笑った。


「それを楽しみに頑張るわ」

「やはりお二人はお似合いです……! こんなにリラックスして女性と話されているヴィクター様を初めて見ました!」

「え?」


 アリシアは驚いてトーマスを見た。


「ヴィクター様はこのとおり、眉目びもく秀麗、しかも人当たりもいい。近づく女性は多々あれど、自ら壁を作って――」

「余計なことを話すな、トーマス」


 ヴィクターが渋面になる。


(すごく気さくで話しやすい……と思っていたけれど、他の人にはそうではないの?)


 婚約者といえど、まだ知り合ったばかり。

 ヴィクターのことをまだまだ知らないと気づかされる。


(少しずつ、ヴィクターのことを知っていかなくては)


 それは思ったより楽しい仕事になりそうだった。

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