表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/48

第7話:ヴィクターの正体

「ヴィクター様、よろしいでしょうか?」

「いや、ダメだ、ちょっと待て!」


 執事らしき人物の声に、ヴィクターが慌てたように身を乗り出す。


「きゃあ!」


 ヴィクターの動きに合わせてシーツがずり落ち、またもや裸体が目に飛び込んできた。


「し、失礼!! とにかく、服を着ましょう!!」

「ヴィクター様! 入りますよ!」


 切迫した声に焦りがつのる。


「ちょっと待てって! ああ、とりあえず、このローブを羽織ってください!」


 悠長に一から服を着ている余裕はないと踏んだのか、ヴィクターがローブを渡してくる。

 そして、自分も別のローブを羽織り、腰紐を巻いた。


 その瞬間だった。

 待ちきれなかったのか、黒い執事服を着た細身の男が部屋に入ってきた。


 執事服の男は、かろうじてローブを羽織っているベッドの上のふたりに目を見開く。

 年の頃は三十代半ばくらいだろうか。

 鋭い眼差しをした落ち着きのある男性だ。


「ヴィクター様……これはいったい、どういう……」

「いや、話を聞いてくれ、トーマス」


 額に手を当てため息をつくトーマスに、ヴィクターが必死で手を振る。

 トーマスがちらりとアリシアを見た。

 ぼさぼさの髪にローブを羽織った姿。最悪の初対面だ。


「そちらの女性は……? 見たところ、村娘ではないようですが」

「アリシアさんは……」


 紹介しようとして、アリシアのことを何も知らないと気づいたようだ。


「私はアリシア・ハミルトン侯爵令嬢です」

「侯爵令嬢……」


 トーマスが冷徹な眼差しをヴィクターに向けた。


「貴族のご令嬢ですか……で、昨晩はねやを共にした、と」

「違う! 誤解だ、トーマス!」


 そう叫んだヴィクターだったが、すぐに口をつぐんだ。

 とても言い訳ができる状況ではないと気づいたのだろう。

 はあ、とトーマスが深いため息をつく。


「アリシア様はヴィクター様の恋人、ということでよろしいでしょうか?」

「いや、あの、その……」


 しどろもどろのヴィクターにトーマスが容赦なく追い打ちをかける。


「はっきりさせましょう。一晩、ヴィクター様の寝室で過ごされたわけですよね?」


 そう言われると、頷くしかない。

 ふたりは怒られた子どものように、こくりと頭を下げた。


「はい……」

「はあ……」


 トーマスが天をあおぐ。

 呆れているのかと思いきや、一転目を輝かせてきた。


「とうとうヴィクター様に恋人が!!」

「いや、あの、待てトーマス」


「一人が気楽でいいとか、好きな相手が見つかるまではとか、悠長な発言ばかりでどうしようかと思っていましたが、とうとう寝室に入れるほどの間柄あいだがらの女性ができるとは!! 侍従長として安心しました!」


 トーマスの顔がほころぶ。


「ご挨拶が遅れました、アリシア様。ヴィクター王子の侍従長をしております、トーマス・ジェンセンです」

「王子……?」


 アリシアは呆然とヴィクターを見つめた。

 確か――第五王子の名前がヴィクターだったはずだ。


 よくある名前なので気にしていなかったが、ヴィクターが苗字を名乗らなかったのは一晩限りの関係だからではなかったのかもしれない。


「あなた、貴族じゃなくて……」


 ヴィクターがガリガリと頭をかいた。


「ああ、そうだ。俺はヴィクター・フォン・エーデルハイド。この国の第五王子なんだ」

「……嘘でしょう」


 アリシアはまじまじとヴィクターを見つめた。


「だって、王子が一人で下町の酒場に従者もつけずに一人でなんて……」


 はあっとトーマスが大きくため息をつく。


「この人、言うこと聞かないんですよ。野良犬みたいにふらっと出歩くのが大好きで……」

「おい、トーマス! 俺は一応、王子だぞ!」


「一応、とご自分で言うのが奥ゆかしくてよろしいですね。酔っ払って貴族の令嬢を持ち帰るなんて、国王夫妻や重臣たちに知られたら私のクビが飛びます」

「大げさなこと言うな!」


 ふたりの口げんかを、アリシアは呆然と見つめるしかなかった。

 どうやら、信じがたいことだが間違いない。

 目の前にいる男性はエーデルハイド王国の第五王子、ヴィクターなのだ。


「あのっ、知らなかったとはいえ、私、失礼なことを――」


 頭を下げるアリシアに、ヴィクターが慌てて手を振った。


「いや、俺が気楽に誘ってしまって……。こんなことになって本当に申し訳ない」

「着替えたらすぐ出て行きますから!」


 ベッドから飛び降りて床の服をかき集めようとするアリシアに、トーマスの冷静な声がかかった。


「それは困ります」

「えっ……」

「一晩、王子の寝室で一緒に過ごされたのですよね? これはもう結婚するしかないのでは?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ