第6話:衝撃の朝
「うう……」
気づくとアリシアはベッドの上にいた。
明るい日差しが差し込んでいるので、もう朝なのだろう。
「頭、痛い……」
寝返りを打つと、ズキズキと頭が痛む。
「これが二日酔い……?」
昨晩は明らかに飲みすぎた。
これまで、食事の時にワイン一杯くらいの経験しかない。
「ええっと何杯、いや、何本飲んだんだっけ……」
ヴィクターと二人で分け合ったとはいえ、かなりの酒量だ。
「はあ……」
起き上がろうとして、自分が肌着しか身につけていないことに気づいた。
どうやら、無意識に服を脱いで寝てしまったらしい。
かなり体が火照っていたので、暑かったせいもあるだろう。
「んん!?」
柔らかいものが手に当たり、アリシアはびくっと手を引っ込めた。
「ひっ……!」
自分の目にするものが信じられない。
アリシアのすぐ傍らで、上半身裸の男が健やかな寝息を立てている。
「ヴィクターさん!?」
白銀の髪と端整な横顔に、すぐに一緒に食事を楽しんだヴィクターだとわかった。
「えっ、えっ、どういうこと!?」
アリシアは必死で昨晩の記憶をたぐった。
珍しいお酒や美味しい料理をバンバン頼んで、食べて、飲んで、話をして――。
「んん……!!」
アリシアは額に手を当てた。
「その後……えっと、そうだ、ヴィクターさんが宿まで送ってくれるって言って……」
アリシアはハッとした。
だが、清潔ではあったが簡素だった宿とは違い、今自分は優雅な天蓋付きのベッドの上にいる。
(ここは……どこ?)
アリシアはまだ本調子ではない頭をフル回転させ、ゆっくり部屋を見回した。
数歩歩けばドアにつくような、狭い宿の部屋ではない。
驚くほどゆったりしていて、調度品もどれも高価そうだ。広い窓には美しいドレープカーテンがかかっていた。
何もかもが見覚えがない。アリシアはパニックになりかけた。
「こ、ここは……どこ!?」
「ん……」
思わず叫んだアリシアの声に、寝ていたヴィクターが身じろぎした。
「あっ……」
ヴィクターの目がゆっくり開く。
その透き通るような水色の瞳がアリシアを捉えた。
「え?」
ヴィクターの目が驚愕に見開かれた。
「は!? えっ、なんでアリシアさんが!?」
がばっとヴィクターが起き上がる。
「きゃあっ!!」
シーツがはだけ、男性の裸体が目に飛び込んでくる。
(ちょ、ちょっと、おへそまで見えたけど……あれって……)
今見た情報を一瞬で精査する。
(ま、まさかヴィクターさん、全裸なの!?)
そのとき、アリシアは自分が肌着姿なのに気づいた。
慌ててシーツを引っ張って体に巻く。
「あっ、すいません、大丈夫、見てないです!」
ヴィクターが慌てて目をそらす。
ふたりはベッドの上で顔を背け合うことになった。
「ヴィクターさん! これ、どういうことですか? 昨晩、あれからどうなったんですか?」
「それが全然覚えていなくて。食べて飲んで――で、どうなったんですっけ?」
ヴィクターがそういうのも無理はない。
明らかにヴィクターもベロベロに酔っ払っていたのだ。
「あ、思い出してきた……!」
ヴィクターがハッとしたように声を上げた。
「そうだ、二人ともふらふらだったから、馬車を呼んだんですよ!」
「ば、馬車?」
「宿にお送りしたかったんですけど、宿の名前を言う前にアリシアさんが寝ちゃって、それで俺の屋敷に――」
「ええっ!?」
では、ここはヴィクターの屋敷の寝室ということだ。
だが、本当に大事なのはそこではない。
「で、なんで一緒に寝てるんですか!?」
アリシアの悲鳴のような問いに、ヴィクターも負けじと声を張る。
「寝室に辿り着くので精一杯で、そのままベッドに倒れ込んだんですよ!」
「でも服……」
「脱がせてません! ちなみに自分も脱いだ記憶がないです!」
アリシアはズキズキ痛む頭を押さえた。
おそらく、酔っ払って暑くて自分で脱いでしまったのだろう。
床には二人の脱ぎ散らかした服が散乱している。
「で、あの、私たち、その……」
アリシアの言わんとしたことは、ヴィクターにも伝わったようだ。
「すみません! 覚えていません!」
アリシアはそっとお腹に触れた。
(もし、そういうことがあったんなら、気づくはず!)
(だって、私、未経験だもの!!)
ケインとの結婚はいろんな意味で形だけのものだった。
愛人を気遣ったのか、それともアリシアに興味がなかったのか、結婚生活のなかでケインが寝室を訪れることはなかった。
(初めて男性と性交渉したときは、すごく痛いし、血が出ることもあると聞いたわ)
(お腹は全然痛くないし、違和感もない。きっと、何もない!)
ただ、酔っ払って服を脱いで同じベッドに寝ただけだ。
おそらくはきっとそうだ。
だが、確信はない。何せ未経験なのだ。
(ああ、なんてこと……)
アリシアは手で顔を覆った。
名前しか知らない男性と一夜を共にしたという事実が重くのしかかってくる。
(独り身で自由に……って、こんなことは考えてなかった!)
苦悩しているアリシアに、ヴィクターが恐る恐る声をかけてくる。
「あの……酔っ払って記憶はないんですが、たぶんアリシアさんにその……失礼なことをしていないと思うですが……なにぶん、証拠がなく……」
ヴィクターがしどろもどろになる。
(安心してください! 私、初めてなのできっとしていたらわかります!)
そう口に出したいところだが、あまりにはしたない内容で、昨日知り合ったばかりの男性に話すのは躊躇われた。
アリシアの沈黙を疑念ととったらしいヴィクターが慌てたように言う。
「いえ、責任逃れをしているわけではなく――」
ドンドンドン!!
寝室のドアが激しく叩かれ、ベッドの上のふたりは飛び上がるほど驚いた。