第45話:帰宅
マリカとシオンに感謝を伝え、アリシアとヴィクターは屋敷を後にした。
馬車にいる間もずっと、ヴィクターとアリシアは手を繋いだままだった。
もう、ひとときでも離れていたくなかった。
(温かい手……)
ヴィクターの手は心地良く、自分が自らこの手を放してしまったことが信じられない。
(私、何もわかっていなかったのね。自分の気持ちすら……)
ヴィクターと目が合う。
それだけで自然に笑顔になってしまう。
半月ぶりに帰ってきた屋敷に、アリシアはホッとするのを感じた。
(ああ、もうヴィクターの屋敷が私の『家』になっている……)
「お帰りなさいませ!」
トーマスが笑顔で迎えてくれる。
「ごめんなさい、トーマス。私、勝手なことばかり……」
「おつらい時期に気分転換は必要ですよ」
「ありがとう……」
愛想を尽かされても仕方がないことばかりしてしまった。
なのに優しい言葉をかけられ、アリシアは涙ぐみそうになった。
そして、トーマスの言葉どおり自分には一人で考える時間が必要だったのだと実感した。
(ヴィクターと離れていたからこそ、彼がかけがえのない存在だと気づけた……)
「さあ、お茶をご用意してますよ。居間へどうぞ」
てきぱきと案内するトーマスの後を、ふたりは笑顔でついていった。
*
夜になり、寝室に入ったアリシアにヴィクターがそわそわと声をかけた。
「寝る前に少しお酒でも飲む?」
「いえ、今日はやめておくわ」
「そうだな。いろいろあって疲れただろうし……」
ヴィクターの落ち着きのない様子に、アリシアは首を傾げた。
「どうかした? ヴィクター」
「えっ、ああ、その……」
ヴィクターがわざとらしく咳払いした。
「改めて聞かれると言いづらいものだな……」
「何が?」
ヴィクターが意を決したようにアリシアを真っ正面から見つめた。
「今夜はきみを抱きしめて寝たいんだけど……構わないか?」
「あっ、ええ、だ、大丈夫……」
ひとときも離れたくない気持ちでいっぱいだったアリシアだったが、まっすぐ問われると顔が赤らむのを感じた。
(すごくドキドキする……)
ぎこちなくベッドに入ったアリシアの頬に、優しく唇が触れる。
「きみがいなくてとても寂しかったよ……」
「うん……」
サファイアのペンダントに触れたときに感じたヴィクターの記憶が浮かぶ。
一人、孤独を噛みしめていたヴィクター。
彼はそれでもアリシアの意志を尊重し、連れ戻そうとしなかった。
「私、戻ってきたわ……」
「ああ」
優しく体を抱き寄せられ、アリシアはヴィクターにすべてを委ねた。
*
翌朝、ふたりは同時にまどろみから目覚め、顔を見合わせて微笑みあった。
「いい天気だ。今日の朝食は庭で食べようか」
「いいわね。サンドイッチ……パンケーキ、どちらがいいかしら」
「両方頼めばいい。腹がすいた」
大げさに腹に手をあてるヴィクターに、アリシアはくすっと笑った。
さんさんと降り注ぐ日の光のもと、ふたりはゆっくり朝食を楽しんだ。
まるで離れていた時間などなかったかのように、ふたりは微笑みあった。
(ああ、こんなに穏やかで幸せな気持ちを感じるなんて、すごく久しぶり……)
食後の紅茶を飲んでいると、血相を変えたトーマスがやってきた。
「どうした、トーマス」
「ヴィクター様、王からの使者が!」
「なんだと?」
「至急、ヴィクター様とアリシア様に王宮に来てほしいとのことです」
「私も……?」
アリシアは手にしたカップをそっと置いた。
日が翳った気がした。




