第44話:再会
アリシアがマリカの屋敷に来て半月がすぎた。
マリカはもちろん、夫のシオンもアリシアを歓迎してくれ、アリシアは穏やかな日々を過ごしていた。
ふたりはアリシアがゆっくり休めるようにいたわってくれた。
だが、アリシアは一人でぼうっとしている方がつらく、望んで二人の仕事を手伝った。
スフィア王国から来る宝石を鑑定し、値付けを考え、卸す先を検討する。アリシアにぴったりの仕事だった。
宝石に触れていると癒やされたし、アリシアの鑑定眼は役に立って感謝もされた。
(このまま……宝石鑑定の仕事につけたら……)
そう思う時もある。
だが、アリシアが思うよりずっと、ヴィクターはアリシアの心を占めていた。
美味しいものを食べるたび、美しいものを見るたび、面白い話題を聞くたび、ヴィクターの顔が浮かぶ。
この喜びを、楽しさを共有したいと強く思う。
(知らなかった……こんな感情……)
ケインとの形だけの結婚が終わったとき、解放感しかなかった。
誰かとの関係を終わらせる爽快感は知っていた。
だが愛する人と離れるのが、こんなにも苦しいことだと知らなかった。
(そうだ、私……愛していたんだヴィクターのことを)
(自分で思うよりずっと大事に思っていたんだ)
アリシアは胸が苦しくなり、ぐっと胸元をつかんだ。
一度気づくと、堰を切ったように感情が溢れてきて止まらなくなっていた。
(あなたに会いたい)
(笑顔を見たい)
(話をしたい)
(あなたに……触れたい……)
「……っ」
あまりの胸の苦しさに、アリシアは膝をついて床に倒れた。
「アリシア様!?」
マリカの声が遠く聞こえる。
アリシアはそのまま気を失った。
*
「アリシア様……! 気づかれました?」
目を開けると、マリカの心配そうな顔が飛び込んできた。
「私……」
「急に倒れられたんですのよ。お医者様は疲れが出たのだろう、とおっしゃっていましたけれど……」
「そうですか……」
目が覚めると思い知る。ヴィクターがいないことに。
ぽとり、と目尻から涙がこぼれ落ちた。
「心がおつらいのですよね?」
マリカの言葉にアリシアは小さく頷いた。
「ですから、一番よく効く薬をお持ちしましたわ」
マリカの背後から、おずおずと現れたヴィクターにアリシアは目を見張った。
「ヴィクター! どうして!」
「マリカ殿からきみが倒れたと連絡があってね。駆けつけた。驚かせたな」
ベッドから体を起こしてしまったアリシアに、ヴィクターが慌てたような顔になる。
マリカがそっとアリシアの肩に手を置く。
「ごめんなさい。実はヴィクター様に頼まれて、あなたを預かっていたの。私の元でなら安心だからって。私も一緒にいたかったから……喜んでお引き受けしたの」
「ええっ!?」
アリシアは驚いたものの、ちょうどいいタイミングでマリカが屋敷の前で待っていたことを思い出した。
「きみが屋敷を出るなら、誰とも顔を合わせないよう早朝に出ると思ってね。夜のうちにマリカ殿に使いを出して、屋敷の前で待ってもらうよう頼んだんだ」
「そうだったの……」
アリシアはぎゅっと手を握った。
離れていても、ずっとヴィクターはアリシアを守ってくれていたのだ。
「これを渡しに来た」
ヴィクターがそっとサファイアのペンダントを差し出す。
「ヴィクター……」
「これはきみにあげたものだ。持っていてほしい」
一瞬ためらったが、アリシアはペンダントを手に取った。
ヴィクターの手がかすかに震えていることに気づいたからだ。
彼にとって、とても勇気のいる行動なのだろう。
無下に断ることは、今のアリシアにはできなかった。
「……っ!」
そっと右手でペンダントのサファイアに触れた途端、怒濤のように宝石の記憶が流れ込んできた。
一人で寂しそうに酒を口にしているヴィクター。
懐かしそうに見つめる水色のお酒に見覚えがあった。
(確か……『澄み切った湖水に舞い降りる天使』……)
つばめ亭で笑い合った情景が思い浮かぶ。
――アリシアはどうしているんだろうな……。
――帰ってきてくれるだろうか。
そうペンダントに語りかけるヴィクターの表情があまりに悲しそうで、アリシアは思わず息を呑んだ。
ヴィクターは毎日、何度も何度も宝石に話しかけていた。
まるでアリシアがそこにいるかのように。
――元気にしているかな。
――俺のことをたまには思い出して……いや、アリシアが幸せならそれで……。
ヴィクターは切ない表情で宝石に触れていた。
彼の愛情溢れる思いやりや、身を裂かれるような寂しさが痛いほど伝わってくる。
(こんなに……想ってくれていたなんて)
ぽたり、と涙がこぼれ落ちた。
(一緒だ)
(私も――ずっと会いたかった)
(そばにいたいと思っていた)
(寂しくてどうしようもなかった……)
宝石は嘘をつかない。
「私、帰りたいです……」
自然とその言葉が口をついて出ていた。
「ヴィクター、あなたのそばにいたい」
ヴィクターがハッとしたような表情になった。
次の瞬間アリシアはヴィクターに抱きしめられていた。
「ああ、帰ってきてくれ……頼む……」
押し殺すような声があまりにも切なくて、包まれた体が温かくて、アリシアは再び涙がこぼれるのを感じた。




