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第4話:魔宝石嫌い

 ふたりはチン、とグラスを打ち合わせる。

 お酒に口をつけたアリシアは目を見開いた。


「うわ……ほんとにバラの香りがするわ……!」


 口当たりがよくほのかに甘いお酒に、思わず頬が緩む。


「ね、美味しいでしょ!」


 ヴィクターが運ばれてきた肉料理に手をつける。


「んん! 香ばしいな! 子羊の肉ってやわらかいんですね。食べたことあります?」

「いえ、ないです……!」


 アリシアもヴィクターを真似て、こんがりやけた骨付き肉にかぶりつく。


(こんな風に手づかみで肉を食べるなんて初めて!)


 肉は柔らかく、簡単に噛みちぎれた。じゅわっと口の中に肉の脂とうまみが広がる。


「うわ、すごく美味しいです! 食べたあと、燻製みたいな香りがしますね」

「炭で焼いているのかもしれませんね!」


 ふたりは顔を見合わせて笑った。

 美味しい料理と笑顔で同席してくれる人――それだけで心が満ち足りる。


(そうだわ。食卓ってこういうものだった……)


 とついでからというもの、気詰まりな食事しかしてこなかった。

 愛人を切れなかったケインは、いつも罪悪感を抱えているせいか不機嫌だった。

 一緒に美味しいと言いながら食事を食べたことは一度もない。


(……夫婦って結婚ってなんだったんだろう)

(少なくとも、あれは書類上の……)


 改めて、自分の寂寞とした結婚生活に思いをせ、アリシアはつらい気分になった。


「どうしたんですか、アリシアさん。ご気分でも?」


 心配げなヴィクターに、慌ててアリシアは微笑んでみせた。


「い、いえ、なんでも」


 アリシアは無意識に右手の人差し指につけた宝石を撫でていた。

 目敏めざとくヴィクターが指輪に目をやる。


「やっぱり女性は宝石が好きですよね……」

「え?」

「あ、ああ、すいません……仕事柄、宝石を見ることが多いんですが、僕は宝石が苦手で……仕事に差し支えるんですけど……」

「宝石が苦手って……どうしてですか?」


 ヴィクターが苦笑する。


「子どもの頃、魔宝石まほうせきに触れて酷い目にあったことがあって……」

「ああ……」


 魔宝石――それは宝石の一種で、特別な魔力を秘めている。

 その力は様々で、知らずに所持していると影響を受けることがある。


 問題は、一般の人には普通の宝石にしか見えず、石への感応性が高いごく一部の人間しか見分けられないことだ。

 そう、アリシアのような特別な鑑定眼かんていがんを持つ人間にしかわからない。


「確かに……人間に悪影響を及ぼす魔宝石もありますから」


 アリシアは元夫の愛人、ローラのことを思い出した。

 苦い思いが胸に広がる。

 魔宝石のせいで、ローラは更にアリシアを憎むようになったのだ。


 ふたりに決定的な確執かくしつを作った元凶は魔法石だ。

 だが、アリシアにとって魔宝石は親しみがある存在だった。


「でも、いい魔宝石もあるんですよ。幸運をさずけてくれたり、守ってくれたり……その、いろいろ持ち主にいい影響を……」


 アリシアはまた無意識に指輪に触れている自分に気づいた。


(あまり詳しく言ってはダメ……)


 通常、人は『宝石』と『魔宝石』の区別がつかない。その能力が発揮されるまでは。

 一目でわかるのは特別な鑑定眼を持つ者だけだ。

 同じ鑑定眼を持つ祖父からの忠告を思い出す。


 ――おまえの鑑定眼は信頼できる人にしか教えてはいけないよ。

 ――奇異の目で見られたり、利用しようとする人間がいるからね。


 アリシアの沈黙を誤解したのか、ヴィクターは頭をかいた。


「すいません、魔宝石を悪く言うつもりはなくて……個人的に苦手というだけで、ご気分を害されたなら謝ります」


 ヴィクターは申し訳なさそうに頭をかく。


「どうも……アリシアさんの前では気が緩んでしまうというか。相手の鎧を脱がせるような大らかな雰囲気がありますよね、アリシアさん」

「私がですか?」


 そんなことを言われたことは一度もない。

 ケインからはよく「おまえといると気が滅入めいる」「石みたいな無表情をやめろ」と言われていた。


「あ、でも、私もそうかも……」


 魔宝石に偏見のある人は珍しくない。

 だが、あしざまにののしる人を見ても揉め事を避けて何も言わないようにしてきた。

 だが、ヴィクターにはするっと本音を言えた。

 何を話しても受け止めてくれるような、鷹揚おうようさがヴィクターにはあった。


「ヴィクターさんは話しやすいです……」


 ヴィクターがホッとしたように頬を緩めた。


「よかった! その人差し指にしている指輪、とても大事にされているようですが、どなたからかの贈り物ですか?」

「ええ、祖父から」


 唯一自分を可愛がってくれた祖父を思い出し、アリシアは自然に笑顔になった。


「形見なんです」

「それは――大事な指輪ですね」

「ええ。だから、さっきは助かりました」


 危うく奪われそうになったことを思い出し、アリシアはぞっとした。


「いえ、お役に立ててよかったです」


 ヴィクターがにこり、と笑う。

 あの程度の立ち回りなど、気にしていないというように。


(あんなならず者に物怖ものおじしない方でも、魔法石が怖いなんて……。よっぽど酷い目にあったのね……)


 聞いてみたい気もしたが、アリシアは自重じちょうした。


(初対面の男性のトラウマを掘り返すなんて礼儀知らずだわ)

(そう、今日は楽しく食事に来たのだから)

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