第39話:攻撃
「お姉様、久しぶりです。二年半くらいかしら」
「え、ええ、そうね……」
アリシアは戸惑いを隠せなかった。
「落ちぶれたとはいえ、私も侯爵令嬢ですのよ。王子の婚約パーティーに来てもおかしくないでしょう?」
「……」
シェイラが何を考えているのかわからず、アリシアはただ呆然と見守るしかなかった。
シェイラがちらっとヴィクターに目をやる。
「紹介してくださらない?」
「え、えっと、あの……」
「アリシアの婚約者のヴィクター・フォン・エーデルハイドです」
ヴィクターがさっと自己紹介をする。
「アリシアの妹のシェイラです」
シェイラが優美な礼をし、輝くような笑顔を見せた。
姉であるアリシアには見せたことのない華やかな笑みだ。
「お会いできて光栄です。ヴィクター殿下」
「こちらこそ、シェイラ殿」
「義理の兄になるかもしれないなんて素敵ですわ。今度、ぜひいろいろお話しさせてくださいませ」
「ええ」
ヴィクターは笑顔を崩さず、だが短い応答に留めた。
アリシアの動揺を感じているのだろう。
シェイラが立ち去ると、ヴィクターが心配げに顔を覗き込んできた。
「大丈夫か、アリシア。きみに妹がいたなんて知らなかったよ」
「……もう家族と思っていないから……私の家族は亡くなったお祖父様だけ」
没落するや否や、結納金目当てにケインに嫁がせた両親。自分だけは相手を選びたいと言い張った妹。
誰もアリシアの幸せなど微塵も考えてもいなかった。
「ただ、血が繋がっているだけよ……」
「そうか」
今度はヴィクターが力付けるようにアリシアの手をぎゅっと握ってきた。
それだけで心に温かいものが満ちる。
(私、一人じゃないんだ……)
だが、思いがけない邂逅はそれで終わらなかった。
「アリシア!」
「ケイン!?」
声をかけてきたのは元夫のケインだった。
もちろん、隣にはローラを連れている。
「ようやく会えたな」
なぜかニヤニヤと笑っているケインがハッとしたようにアリシアの隣に目をやった。
事情を知っているヴィクターが、冷ややかな眼差しをケインに送る。
いつもの温和な雰囲気は消え去っていた。
「私の婚約者に何か?」
「ヴィ、ヴィクター殿下……」
実際見ても信じられないのか、ケインがあたふたしている。
「本当に……? おまえ……まさか浮気していたのか?」
あらぬ疑いにアリシアはカッとなった。
「あなたと一緒にしないで! 彼とは離婚後に出会ったの!」
「すごい早業ね。見直したわ、アリシア」
ぐっと詰まってしまったケインの隣で、ローラが一歩を踏み出してきた。
華やかな金色の髪を結い上げ、髪色と同じ金色のドレスを身に纏っている。
もともと人目を引く容姿ではあったが、今回は悪い意味で目立ってしまっている。
今日の主役はフレデリックとエリスだ。
皆、上等ながらも抑えたデザインにしているなか、ローラの自己顕示欲の高さが目に痛い。
「田舎娘丸出しね……」
「平民ですって」
ひそひそと囁く声がアリシアの耳にも届く。
だが、興奮しているローラには聞こえていないらしい。
ローラが居丈高に宣言してきた。
「盗人が王子の婚約者なんてちゃんちゃらおかしいわ! よく社交の場に顔を出せたものね!」
ローラの甲高い声は会場によく響いた。
皆、何事かと目を向けてくる。
アリシアはぐっと扇子を握った。
「皆さん、このアリシア・ハミルトンは私からダイヤのペンダントを奪ったんですのよ! 夫を盗られた腹いせに!」
皆が驚いたようにアリシアを見つめるのがわかった。
ローラが頬を上気させ、異様に意気揚々としている理由がわかった。
この国の王族や貴族集まる場でアリシアに恥をかかせにきたのだ。
ケインも承知のようで、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「……盗んでなんていないわ。隠したの」
アリシアは声が震えないよう、必死で心を奮い立たせた。
「一緒よ! 私から盗ったんだから!」
「違う……違うわ」
周囲のざわめきと視線が痛い。
アリシアは目眩を感じた。
(どうして、こんな公式の場所で――いいえ、この場を狙ったのね……)
(私を貶めるために……)
「お姉様って宝石に対する執着が並外れていますものね」
すっと進み出てきたのは妹のシェイラだった。
「シェイラ……」
「ほら、妹だってそう言っている!」
ケインが勝ち誇ったように声を上げた。
(シェイラ……まだ私のことを妬んでいるのね……)
シェイラは祖父に溺愛されたアリシアによく絡んできた。
(不公平ですわ! お姉様ばかり!)
親譲りの浪費癖のあるシェイラを、祖父は決して宝石のコレクションに近づけなかった。
不公平だと怒っていた妹は、まさに今が復讐の時とばかりに邪悪な笑みを浮かべている。
(……あなたはそのぶん、両親に溺愛されたでしょうと言っても通じないのでしょうね……)
アリシアはぐっと拳を握った。
そうしないと、まともに立っていられなかった。
その時だった。
「何事だ、これは」
静かな威厳のある声に、一瞬で会場は静まり返った。
王と王妃がその場に現れたのだ。




