第37話:更なる不穏
「は? アリシアお姉様が王子と婚約ですって!?」
アリシアの二つ下の妹、シェイラは大きな青い目を見開いた。
豪奢な金色の髪をしたシェイラは人形のような美しさを誇っている。
だが、目をつり上げた様は愛らしさからは程遠かった。
「ええ、そうなのよ、シェイラ」
母のエリザベスがため息をつく。
元々はシェイラによく似た美女だったが、侯爵家が没落し、小さな一軒家に住むことになってから一気に老けて見えた。
「あの子ったら、実家に一言もなく離婚したと思ったら、婚約だなんて……しかも王子と!」
アリシアからの仕送りが途絶えてしまうと大騒ぎしていた母が、一転うっとりした表情になるのをシェイラは苦々しく見つめた。
「離婚はどうかと思うが、再婚相手が王子というのは悪くないだろう。きっと、実家に援助もしてくれるはずだ」
常に楽観的な父親のルイスがさっそく皮算用を始める。
「もっと広い家に引っ越したいし、メイドが一人というのも少なすぎる!」
自分に都合のいい夢想を始めた父を、シェイラは冷ややかに見つめた。
両親はアリシアを金づるとしか見ていなかった。結婚させたのもそのためだ。
(私はお姉様のようにはならないわ……。もっと素敵な人と一緒になって、実家と縁を切るの)
常々そう思い、自分にふさわしい格の高い縁談を探していた。
だが、自分の美貌を持ってしても、没落した侯爵家の娘と結婚をしたいという家はほとんどなかった。
よくて、倍くらい年上の公爵家の後家だ。
もちろん、そんな結婚を受け入れる気はなかった。
――できれば王族がいいわ。
そう思っていたのに、まさか姉に先を越されるとは思わなかった。
シェイラの胸は嫉妬の炎が燃えさかっていた。
「まずは真偽を確かめなくては! こういっては何ですが、離婚した冴えない女を王族の方が娶るかしら?」
華やかな自分とは違い、姉はいつも本ばかり読んでいる陰鬱なイメージがある。
祖父だけがなぜか姉を可愛がっていたが、理解できなかった。
(私の方が絶対に可愛いのに!)
「それは間違いないわ。複数のお友達から聞いたもの」
「じゃあ、なんで私たちに報告がないの!?」
「……」
シェイラの言葉に両親たちが押し黙る。
薄々気づいているのだろう。
都合よく利用されていた姉が自分たちから距離を取ろうとしているのを。
「私は信じないわ。この目で確かめなくては!」
シェイラは母に向き直った。
「お母様、何か王族が出席するパーティーはないの!?」
「そ、そういえば、第六王子の婚約パーティーが王宮であるって」
シェイラはぎりっと指の爪を噛んだ。
独身だった王族は、第五王子と第六王子だけだ。
とうとう、第六王子も婚約してしまった。
残るは第五王子の、ヴィクター・フォン・エーデルハイドだけ。
(なのに、お姉様が婚約者ですって!?)
(もし、本当にそうなら――奪うしかないわ)
シェイラはおどおどと自分の顔色を窺っている両親に傲然と言い放った。
「そのパーティーの招待状をなんとしても手に入れてきてちょうだい!」
浪費するしか能の無い両親が、今やすがれるのは娘だけだ。
父と母が慌てたように立ち上がる。
(いったい何が起こっているのか、この目で確かめてやるわ!)
*
「すまない、アリシア」
「えっ、何が?」
手紙のチェックをしていたヴィクターにいきなり謝られ、アリシアはきょとんとした。
「他の手紙に紛れていて今気がついた。フレデリックのやつ、改めて婚約発表パーティーをするらしい。まったく、お披露目パーティーをしたばかりだというのに」
アリシアは微笑んだ。
「突然の発表だったものね。今度はいろんな方を呼んで、正式にエリスさんをお披露目するのね」
「ああ、ずいぶん大仰なパーティーにするようだな。王宮のボウルルームを使うらしい」
「……招待客もすごい数になるわよね」
「少なくとも、王都近辺の貴族は全員招待するだろう」
その言葉に目を伏せたアリシアに、ヴィクターは目敏く気付いた。
そっとヴィクターがアリシアの肩を抱いてくる。
「心配するな。俺がついている。元夫と愛人が来ようとも、きみは俺のそばで堂々としていればいい」
「そうね……」
ヴィクターを頼りにしていないわけではない。
彼の思いやりを嬉しく感じながらも、なぜか不安は消えなかった。
アリシアはそっと寒気のする腕をさすった。




