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第30話:フレデリックの婚約者

「アリシア! すごく綺麗だよ! 水の精霊みたいだ!」


 ダンスパーティー用の淡いブルーのドレスをまとったアリシアに、ヴィクターが惜しみない賛辞を送る。


「素敵なドレス……」


 ケインの屋敷では事務仕事に追われて、滅多に社交界に出なかった自分が嘘のように毎日のようにドレスアップをしている。


 最初は億劫(おっくう)だったが、次第に慣れてきたし、やはり美しいものを身に付けると気分が華やぐ。

 ヴィクターが言葉を尽くして誉めてくれるのも、面映おもはゆいが嬉しかった。


(綺麗だとか美しいとか言われてこなかったわ……)


 妹のシェイラが華やかな美貌をしていたので、地味な姉として扱われていた。

 ケインはもちろん、誉めてくれたことなどない。


(まだ信じられない気分……これまでとは真逆の生活をしているなんて……)

(アクセサリーはヴィクターがくれたこのサファイアのペンダントでいいわよね……)


 ヴィクターのくれたペンダントは自分の瞳と同じ色の宝石がついているうえに、一目で高級品とわかる。

 これ一つつけていれば、どこに出ても恥ずかしくないという使い勝手のいいペンダントだ。


(ありがたいわ……)


 装飾品のたぐいをほとんどもっていなかったアリシアは、改めてヴィクターの気遣いに感謝した。

 今日は王族のパーティーということで、ドレスはレースと繊細な飾り付けがふんだんに使われた豪奢なものだ。


「ねえ、おかしくない?」


 ドレスとサファイアのペンダントの高級感に、自分がそぐわない気がしてならない。


「女神のように美しいよ!」

「ほんと?」


 ヴィクターの褒め言葉に納得できないが、侍女たちがちゃんと着付けてくれたのでたぶん問題ないのだろう。


(あとは頑張るだけか……)


 貧血気味であまり体調が良くない。

 だが、ヴィクターの兄弟のパーティーを欠席するほどではない。


 アリシアは貴族服を着たヴィクターにエスコートされ、フレデリックの屋敷に着いた。


「うわあ、立派なお屋敷ね……というか、これは城ね……」

「あいつは派手好きなんだ」


 ヴィクターが苦笑いする。

 その言葉が真実なのは、内装や調度品の豪華さでわかった。


「王宮に負けず劣らずの豪華絢爛な屋敷だよ」

「これ、赤字なんじゃ……」

「いや、高級品が好きなだけあってあいつは目がえている。貿易の仕事も順調で、心配せずとも借金に苦しむような生活からはほど遠いよ」


 ヴィクターの口ぶりから、フレデリックに対する信頼がにじみ出ていた。


「むしろ浪費が気になるのはフレデリックの母親だな」

「……カミラ様ですね」


「まあ、そちらは俺たちが心配してもどうにもならない。父がうまくやっているだろう」

「大変ですね」


 王族はどうしても親族がふえがちだ。そのぶん、トラブルも起きやすい。

 権力と金が関わるので尚更だろう。


(スローライフとは真逆の世界よね……)


 のんびり一人暮らしをしたい自分が、こうして第五王子の婚約者として第六王子のパーティーに来ているのが信じられない。


(ちょっと珍しい食事とお酒を楽しもうと思っただけなのになあ……)


         *


 フレデリックの屋敷につき、パーティー会場に案内されるといつも通り注目の的になった。

 なにせ、傍らに目立つ容姿をした第五王子、ヴィクターがいるのだ。


「ねえ、あれ……」

「ヴィクター殿下よ!」

「隣にいらっしゃる女性は誰?」

「ほら、例の噂の……!」

「ああ、あの方ね」


 ひそひそ話がアリシアの耳に飛び込んでくる。自分も別の意味で目を引いてしまっていることは否めない。

 ヴィクターとアリシアは、あっという間に会場の耳目を一身に集めることになった。


「やあ、兄さん来てくれたんだね!」


 明るい声とともに、金色の髪を揺らせた美男子がやってきた。


「フレデリック!」


 ヴィクターとフレデリックが軽くハグをする。


「来てくれてありがとう! おっと、こちらがアリシア嬢だね? ヴィクター兄さん、紹介してよ!」

「さすがに女性に目敏いな……。アリシア、俺の弟で第六王子のフレデリックだ」

「は、初めまして……」


 緊張気味にお辞儀をするアリシアに、フレデリックが屈託のない笑顔を向ける。


「これからよろしく義姉上。神々しいまでの美しさですね。亜麻あま色の髪に青い目がドレスによく映える!」


 フレデリックはすかさずアリシアの手をとり、手の甲にキスをした。


「さすが独身主義のヴィクター兄さんを射止めただけはある!」

「い、いえ、その」


 歯の浮くような世辞にアリシアはどぎまぎした。


「フレデリック……どさくさに紛れてアリシアの肩に手を回すな」


 ヴィクターがさっとアリシアとフレデリックの間に割り込む。


「アリシア嬢にハグをしてもいいかい?」

「ダメだ」


 ヴィクターがにべもなく断る。


「はは! やきもちを焼くヴィクター兄さんなんて初めてみたよ! 俺も恋人を紹介させてくれ!」


 フレデリックの背後から、おずおずと茶色の髪の女性が歩み出てきた。

 控え目なたたずまいと理知的な黒い目が印象的な女性だ。


(派手好きのフレデリック様の恋人というから、どんな華やかな女性かと思いきや、大輪のバラではなく、可憐なマーガレットのような女性だ……)


 意外な女性の出現に、皆がまじまじと見つめる。

 フレデリックよりも明らかに年上なことも、アリシアを驚かせた。


(てっきり年下の可愛らしい女性かと……。こんなに落ち着きのある大人の女性なんて……)


「エリス嬢だ! 歴史学の研究者ですごい才媛なんだよ!」

「は、初めまして皆様」


 気圧けおされたかのように、エリスが目を伏せながら礼をする。


(あれ……?)


 エリスを見つめていたアリシアはハッとした。


「エリスと出会ったのは三ヶ月前でな。王宮で本を運んでいる彼女を手伝ったのがきっかけだ」


 アリシアはもはやフレデリックの言葉が耳に入ってこなかった。

 エリスの胸元に飾られている、濃い赤色のルビーに目を奪われていた。


(あのルビーって……)


 アリシアはまじまじと赤い宝石に目をやった。


(以前、お祖父様が話してくれた『縁切りルビー』じゃないの?)


 いわく、まるで血のような赤色のその宝石を身に付ける者は、いかなる大恋愛、結婚をしていても、必ず相手と別れてしまうという。

 そんな曰く付きの魔宝石だ。


(あのデザインにあの色……おそらく間違いない)


 アリシアはドキドキした。

 王子に見初みそめられ、婚約までしようとしている女性がつけていていい魔法石ではない。


(なぜ……? どうして縁切りルビーを……)

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