第29話:庭での語らい
「そうだ、アリシア。今日の昼食は庭で食べないか?」
「いいわね!」
連日の仕事で疲労が溜まっていたアリシアは、二つ返事で了承した。
ヴィクターが大きく伸びをする。
「毎日社交と書類仕事だったから、今日は少しのんびりしよう」
ヴィクターがいそいそと厨房にランチを頼みにいく。
ふたりは朝の郵便物の確認を終え、急ぎの手紙に返信をすると庭に出た。
ヴィクターの屋敷はさすが王族と言わざるを得ない広さだった。
自身も貴族で豪邸には慣れているアリシアも、様々な趣向をこらした庭園がどこまでも続く様には目を見張った。
「今日は噴水庭園にしよう。青空が映えて癒やされそうだ」
アリシアは噴水を見るのは初めてだった。
綺麗に刈り込まれた植栽に囲まれた場所にたっぷりの水を湛えた人口の池があり、その真ん中に勇猛なドラゴンの像が置かれている。
ドラゴンの口から派手に水が吹き出て、見ていて飽きない。
「もうちょっと優雅な噴水にするつもりだったのだが、職人がドラゴンの像にしてな……」
少し恥ずかしそうにヴィクターが話す。
「素敵だわ」
水の流れる音と、風に乗ってくる小鳥のさえずりだけが響く空間で、アリシアはホッと一息つけた。
「では食事にしよう。食べやすいように、サンドイッチにしてもらった。デザートは焼き菓子だ」
ヴィクターがバスケットに詰めた昼食を広げてくれる。
使用人たちはお茶をいれると立ち去っていった。
「たまには二人きりでのんびりしたくてな」
ヴィクターの気遣いが嬉しかった。
使用人といえど、誰かの視線が常に注がれては心からくつろげない。
ふたりは気兼ねのない食事を楽しんだ。
食後の焼き菓子を食べているときに、ヴィクターがおもむろに切り出した。
「そうだ、フレデリックのパーティーのことで念のため」
「はい」
パーティーと聞いてアリシアは居住まいを正した。
「フレデリックの母であるカミラ妃と俺は確執がある。おそらく明後日のパーティーには来られないだろうが、万一出席された時は俺だけでなくきみにも不快な態度を取るだろう。できれば相手にせず、流してくれ」
「え、ええ。わかりました」
カミラ妃は野望に満ちた美貌の女性だ。
王の第二妃で側室であるカミラ妃の、たった一人の息子がフレデリックだ。
そのため、カミラ妃はフレデリックをなんとしても王につけたいと画策していると聞く。
だが、王位継承権第六位、なおかつ側室の息子ということで可能性は限りなく低い。
そして、フレデリック本人にまるでその気がないらしいので、一人で空回りをしていると評判はあまり芳しくない。
アリシアの表情から不安を感じたのか、ヴィクターが静かに言った。
「だが、俺とフレデリックとは仲がいい。親たちの政争は俺たちには関係ない」
その言葉にアリシアはホッとした。
王位を巡って牽制しあうヴィクターなど見たくなかった。
「気を遣わせてしまうだろうが、よろしく頼む」
「いえ、構わないわ。他に気をつけることはある?」
「親しい間柄の人間だけのこぢんまりしたパーティーだ。いつもどおり、歓談していれば大丈夫だ」
アリシアは笑顔でうなずいた。
社交は得意ではない。
だが、ヴィクターとこうやって一緒に出席するパーティーについて打ち合わせするのは楽しかった。
共同作業をしている自分が新鮮に感じる。
(ケインといても、いつも孤独を感じていた……)
(パーティーに一緒に出席しても、一人で参加しているような……)
だが、今はヴィクターとの間に強い絆を感じる。
常に自分を気遣ってくれるヴィクターと、目線を合わせるたび、不思議な気分になる。
(二人で一人、みたいな……)
「さて、しんどい話題は終わりだ。デザートを楽しもう。実はキャビネット・プディングもあるんだ」
ヴィクターが恭しくフルーツたっぷりのプディングを出してきた。
「美味しそう!」
ヴィクターが食事好きなせいか、この屋敷に来てからお菓子のレパートリーに驚かされてばかりだ。
「たまに食べたくなるんだ」
ふたりでプディングを食べていると、まるで本当に夫婦になった気分だ。
(ケインとはなかったなあ……。ふたりで楽しく食事をとることも、こんなに穏やかな気持ちになることも)
ケインとは政略結婚だった。
今回も形だけの婚約。
(なのにこの違いはなんだろう……)
アリシアがじっと見つめていると、ヴィクターは慌てたように口にナプキンを当てた。
「く、口に何かついてた?」
アリシアは思わずふきだした。
(まだ自分でもよくわからない……)
(離婚されてから想像もつかないような生活が始まったけど、悪い気分ではない……)
(ヴィクターといるのは楽しいわ)
今はそれでいいのでは、とアリシアは深く考えるのをやめた。




