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第26話:離婚後のケイン

「ねえ、早く結婚したいーーーー!!」


 しなだれかかってくるローラを、ケインはそっと押し戻した。

 お気に入りの金色の長い髪も、今は顔に当たって邪魔なだけだ。


 これまでは可愛く見えた甘えた仕草しぐさも、たまった書類仕事に追われている今は苛立ちを(つの)らせる効果しかなかった。


「わかっているが、離婚したばかりだろう。落ち着いてからな!」

「ええーーーーー。いいじゃない、そんなの!」


 ローラの甘ったるい声が、疲れた身にやけに刺さる。

 アリシアと離婚した途端、彼女がになっていた事務仕事が一気にケインの元にやってきた。


(あいつ、いろいろやってたんだな……)


 ローラの存在もあり、結婚していたというのにケインはほぼアリシアに関わらなかった。

 だから、アリシアが何をしているかなど考えたこともなかった。


 図書室で本ばかり読んでいる陰気な女――そう思っていたのに、いざ自分が一人で伯爵の仕事をすることになると、アリシアの仕事ぶりがはっきり可視化されたのだ。


「ねえ、ケインってば!」


 しつこく服を引っ張ってくるローラに耐えかね、とうとうケインは立ち上がった。

 昨日からずっと執務室で書類仕事に励んでいるのに、一向いっこうに終わる気配がない。

 なのに、ごろごろしているだけのローラが呑気に声をかけてきて我慢の限界がきた。


「出かけてくる!」


 帽子をかぶったケインに、ローラがすかさず抗議の声を上げる。


「自分だけ、遊びに行くのーーーー!? ずるーーーい」

「社交は貴族の仕事だよ!」


 ケインはさっさと部屋を出た。これ以上、ローラのそばにいたら、自分が何を口走るのか恐ろしかった。

 今まで感じたことのない憤懣ふんまんせきを切って飛び出してしまいそうだ。


(十七歳のときからずっと付き合っているローラ)

(妻を追い出してまで、優先しているローラ)

(そんなローラに言うわけがない、言っていいわけがない)

(出て行け、などと)


 自分の胸にわきあがる激情に、ケインはぶるっと体を震わせた。

 ケインは馬車を用意させると、町に出た。


 賑やかな雑踏に紛れると、少しホッとした。

 様々な人たちが買い物や歓談を楽しんでいる。店には真新しい商品が並んでいる。


 解放感にガチガチだった体が緩むのがわかった。

 ずっと屋敷に籠もりきりだった閉塞感がいかに自分の心をむしばんでいたのかケインは気づいた。


(そうか……もうアリシアが出て行って二週間たつのか)


 首尾しゅび良くアリシアを追い出したローラはご機嫌で、ふたりはしばらくの間片時も離れない蜜月を過ごした。

 だが、邪魔者がいなくなったという爽快感は一瞬で過ぎ去った。


 一人で伯爵家を取り仕切るという現実に返ってみると、すべてが重くのしかかり苛立ってしまった。


 当たり前だが、何かあると全部自分に報告がくる。様々な手紙へ返信もしなくてはならない。

 細々(こまごま)とした雑務、大きい決断が必要な案件が常に浴びせられた。


(そうだ、気分転換が必要なんだよ)

(決して、ローラの存在が鬱陶しくなったわけじゃない!)


 ケインは意気揚々と足を進めた。

 いつものバーに行くと、カーテンで仕切られた奥のテーブルに仲間が集まっていた。


「よおケイン。ご無沙汰だな」

「またローラ嬢につかまっていたのか? おまえたち仲良いもんな」


 長い付き合いの友人たちにとって、ローラの恐妻っぷりは周知の事実だ。


「まったく、何もわかってなくて困るよ」


 これだから平民は――と言いかけて慌てて口をつぐむ。

 それは絶対に禁句だ。


 身分の違いのせいでローラは結婚できず、愛人の座に甘んじていたのだから。

 ケインはどかっと椅子に腰掛け、スコッチをあおった。

 友人が差し出してくれた葉巻を吸う。


「ふう……」

「そうそう、おまえ、アリシア嬢をとうとう追い出したんだってな」

「ああ」


 もう噂になっているのか。

 ケインは少し驚いた。

 今日、皆にアリシアのことを話すつもりだったので拍子抜けだった。


「おまえ、大丈夫か? いろいろ噂になってるぞ」

「ああ。もとから政略結婚だし。陰気な女がいなくなって清々(せいせい)したよ」


 仕事に追われて必死なことはおくびにも出さず、ケインは強がってみせた。


「そっか。ならいいけど」


 仲間たちはそわそわと顔を見合わせている。

 その思わせぶりな態度に、ケインはイラッとした。


(なんだよ、こっちは息抜きにきたっていうのに……!)


「言いたいことがあれば、言えよ!」


 ケインの強い語気に、皆がびくりとした。一気に場の空気が重くなる。

 ここには気分転換にきたのに、これでは台無しだ。

 ケインは慌てて笑顔を作った。


「あ、悪い。仕事疲れでイライラしていて……」

「いや……おまえも大変だったと思うし。な?」


 仲間たちがうなずき合う。


「おまえも複雑だろうな、って話しててさ。興味はない元妻とはいえ、こんな短期間で次の相手を見つけられたらさ」

「次の相手? 何の話だ?」


 意味がわからず、ケインは首をかしげた。


「だからその……アリシア嬢の婚約のことだよ」

「は? アリシアが婚約したっていうのか? いったい誰と?」


 信じられない思いでケインは叫んでいた。

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