第21話:ヴィクターの想い
馬車に乗り込んだアリシアは、腕組みをしているヴィクターを見た。
おそらくは可愛がっていただろう従妹に対して、一分の温情も与えなかったことが意外だった。
「ちょっと厳しすぎない?」
ヴィクターがゆっくり顔を向けてくる。
その顔にはまだ怒りの残滓が残っている。
「俺も含めて周囲が甘やかしてきたから、あんな奸計で人を陥れようとしたんだ」
ヴィクターが厳しい表情でアリシアを見つめた。
「きみは……許せるのか?」
「私は――」
アリシアはぐっと詰まった。
「その、慣れてるから……」
「慣れるな。自分を軽んじ、あまつさえ罪人にしたてあげようとする者がいることを許容するな!」
初めて聞く荒々しい声にアリシアは驚いた。
ヴィクターはハッとしたように口を手で押さえた。
「すまない。自分に苛立っていて……きみに当たるなんて」
ヴィクターが深々と頭を下げる。
「本当に申し訳ない。今回の事件は俺が引き起こしたようなものだ」
「そんな!」
「約束する。今後もずっと俺は何があってもきみの味方だし、きみを傷つける者に容赦しない」
きっぱり言い切ったヴィクターの目に迷いはなかった。
(可愛がっていた従妹ですら断罪するんだもの……心からの言葉よね)
いつもにこにこして柔和な顔を見せるヴィクターの苛烈な一面にアリシアは驚いたが、それは彼の誠実さに裏打ちされていた。
(……ジョセフィンがちょっと可哀想って思う私は甘いのね、きっと)
(だから、ローラにも舐められていたんだわ……)
ジョセフィンのしたことを安易に許すべきではないのはわかっている。
だが、すべてを失ったかのような、この世の終わりのような悄然とした姿は憐れみを誘った。
(本当に大好きだったのね、ヴィクターのことを……)
アリシアはそんなにも何かにのめり込んだり、執着したことがない。
それがどんなに恐ろしいことか、身をもって知っているからだ。
身を持ち崩した両親は、祖父が大事にしていた宝石を全部売り払ってしまった。
祖父との思い出が込められた宝石たちを失うことは、アリシアにとって体を引きちぎられるほどの傷みを伴った。
(あんな思いをするのはもう懲り懲り……)
何かにのめり込む人が怖い。
でも、同時に少し羨ましくもある。
そんなに夢中になれる相手がいることに。
「きみはもっと自分を大事にしてくれ」
物思いにふけっていたアリシアはハッとした。
「なんでそんなに平然としているんだ。あやうく濡れ衣を着せられるところだったんだぞ!?」
「……本当に嫌がらせには慣れてるから。大丈夫よ」
アリシアは微笑んだ。
「私、夫の愛人と暮らしていたのよ?」
自分でも、少し平静過ぎるとは思う。
だが、心を殺していないと、あの結婚生活は耐えられなかった。
気にしていない振りをしているうちに、感情をなくすのが癖になってしまったように思う。
ヴィクターの顔に悲しみがよぎった。
「私、元夫から言われたの。おまえは石みたいな女だ、何の面白みもなく、からからに乾ききっているって……」
アリシアはそっと目を閉じた。
今のヴィクターの目は、あのときのケインによく似ていた。
(なんで平然としているのか、理解できないって顔……)
「そのときはよくわからなかったけど、今なら少し理解できる」
ひどい嫌がらせにも心を揺らさないアリシアが、血の通った人間に思えなかったのだろう。
「きみの元夫は本当にどうしようもない愚かな男だな」
ヴィクターが口を尖らせた。
「きみと別れたのもそうだが……石とはなんだ! それを言うなら宝石だろ!」
ふてくされたような口調に、アリシアはつい微笑んだ。
「夫の責務も果たさず暴言を吐くとは……。俺は違う。妻を大事にする!」
「そうね、あなたは違うわね。守ってくれてありがとう……」
ヴィクターは最初からアリシアを信じ、宝石の記憶を読み取ったといううろんな情報を元に、きちんと調べて手配してくれたのだ。
(ヴィクターがいなかったら、どうなっていたか……)
「アリシア」
耳元で声がした。
ハッとする間もなく、頬に唇が押しつけられる。
「わっ! な、何!!」
驚いてのけぞると、ヴィクターが少し傷ついたような表情になった。
「俺にキスされるのは嫌か」
「そ、そうじゃなくて……祖父以外からされたことなかったから」
「え?」
ヴィクターが大きく目を見開いた。
「でも、結婚していたよな? 夫からは?」
「何もないわ」
「は?」
「キスもしたことがないし、手もつながなかった。結婚当初から愛人がいたし」
「何も……?」
ヴィクターが天を仰ぐ。
「本当に本当に……馬鹿な男だな……」
呆然としているヴィクターに、アリシアは微笑んだ。




