第2話:思わぬ出会い
町でしばらく逗留できる宿を見つけ荷物を運び込むと、アリシアはベッドに仰向けになって伸びをした。
「うーーーん、すっきり!」
宿の部屋は質素だったが、掃除は行き届いていて居心地は悪くない。
ケインの屋敷のような優雅な置物や立派な家具はないが、アリシアは気にならなかった。
お腹がぐうと空腹を告げたので、アリシアは起き上がった。
「夕食、どうしよう……」
何もせずとも料理が出てきた暮らしとはもう違うのだ。
アリシアは一階に下りると宿屋の主人におすすめの料理店を聞いた。
主人が勧めてくれたのは、『つばめ亭』という多国籍料理店だ。
奥に個室もあり、女性一人でも安心して食事ができるらしい。
店員の感じもよく、食事も美味しい。何より、お酒の種類が多く、なかなかお目にかかれない料理もあるという。
話を聞くだけでアリシアはわくわくしてきた。
「ありがとう! 行ってみます」
(どんな感じのお店なのかしら……)
賑やかなお店に連れもつけず一人で飲食するなど初めてだ。
自由になったのだと改めて実感する。
(本の中だけでしか知らないことがいっぱいある……)
結婚した唯一の利点と言えば、ケインの屋敷にある図書室の存在だった。
ケインやローラは本に興味を示さなかったので、アリシアが独り占めできる貴重な場所でもあった。
この二年間、本を読むだけが楽しみだった。
そんな生活ももうおさらばだ。
(帰る家も家族もない。寂しいけれど、私は自由なんだ!)
(一人で料理店にも行くんだから!)
わくわくしながら店への道を辿ったアリシアだったが、思わぬ災難が待ち構えていた。
*
「やめてください!」
夕暮れ時の裏道で、アリシアは酔っ払いの男に絡まれていた。
「いいじゃないか。独り者同士、無聊を慰め合おうぜ」
ひげ面の男がアリシアの手首を強引に握ってくる。
多国籍料理店を探してうろうろしていたアリシアは、御しやすい獲物と判断されたようだ。
「おっと、いい指輪をしてるなあ?」
アリシアの右手を引っ張った男が、目敏く人差し指につけた指輪に気付く。
アリシアは慌てて手を振り払い、指輪を男の目から隠した。
大事な祖父の形見の指輪だ。
奪われでもしたら一生後悔する。
「よく見たら、服も上等だなあ。いいとこのご令嬢が息抜きに来たんだろう? 俺と楽しもうぜ」
「やめて!」
アリシアは必死で断ったが、男はしつこくついてくる。
(ああ、だから外に行くときは従者がついてきたのね……。女一人だと、こんな目に遭うんだ……)
だが、町に知り合いはおらず、誰も助けてくれない。
(何とかしなくちゃ……!)
そのとき、酔っ払いの肩がぐいっと後ろに引かれた。
「彼女、嫌がってるだろ。やめておけよ」
いつの間にか銀髪の男が酔っ払いの背後に立って、肩をつかんでいた。
銀髪の男はアリシアより少し年上に見えた。
整った顔立ちや上品な所作、着ている服から一目で貴族とわかる。
「な、なんだ、おまえ! 関係ないだろ?」
酔っ払いは一瞬怯んだものの、相手が優男で一人だけとわかった途端、強気な態度に出た。
銀髪の男が薄く笑む。
肩に置いた彼の手にぐっと力が入るがわかった。
ミシッと骨が軋む音が聞こえるようだ。
酔っ払いの顔が歪む。
「うあ……」
たまらずうめき声をあげる酔っ払いに、銀髪の男が笑みを浮かべた。
「ずいぶん酔ってるな。そろそろ家に帰ったほうがいいんじゃないか」
「わかったよ、帰るから離せよ!」
危険を察知したのか、酔っ払い逃げていく。
酔っ払いの姿が路地の奥に消えたのを確認し、アリシアはようやく肩の力を抜いた。
「ありがとうございました」
まだ体が震えている。
あんな風に知らない男に気安く触れられたことなど、今まで一度もなかった。
(今まで、いつも誰かがついて守ってくれていたのね……)
(領地ではどこでも知り合いがいたし……)
アリシアは孤独をかみしめた。
(私って本当に箱入り娘なのね)
でも、もはや頼る実家も夫もない。
(しっかりしなきゃ)
アリシアは毅然と顔をあげ、できるだけ優雅に微笑んだ。
「本当に助かりました。なんてお礼を言っていいか……」
「災難でしたね。どこに行かれるんですか? 送りますよ」
銀髪の男が優しく微笑みかけてくる。
「あ、あの多国籍料理店へ……つばめ亭って言うんですけど……」
銀髪の男の顔がぱっと輝いた。
「それは奇遇だ。私もつばめ亭に行くところです」