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第18話:続く災難

 ギャレット夫人の高価なアメジストのブローチが忽然こつぜんと消えてしまい、お茶会は騒然となった。


「ど、どうして?」


 貴婦人たちがおろおろと顔を見合わせている。

 皆、疑心暗鬼になっているのが見てとれた。


(さっきまであったのに……)

(このサロンの中にいる誰かの仕業しわざ……?)


 だとしたら、随分と大胆な行動だ。

 衆人環視のなか、盗みを働くとは。


「ど、どうしましょう……」


 さしものギャレット夫人も困惑したようにおろおろするばかりだ。

 それも当然で、お茶会に集まったのは貴族の女性ばかりなのだ。


 高貴な身分で権力を持つ女性たちを、怪しいからと言って安易に問い詰めたり、身体検査をするわけにもいかない。


 侍女を呼びつけてサロンの中を探したが、やはりブローチは見つからなかった。


「ギャレット夫人、お気の毒に……!」

「気を落とさないでくださいませ。きっと出てきますわ」


 貴婦人たちがギャレット夫人に声をかけ、うやむやのままにお茶会はお開きになってしまった。

 もやもやした気分で馬車に乗り込んだアリシアはため息をついた。


(まさか、こんな事態になるとは……)

(貴婦人の誰かがブローチを盗んだなんて考えにくいけど……)


 アリシアの実家のように、貴族といえど内情は青息吐息という家も珍しくない。


(お金に困って高価な宝石を盗んだ……?)

(目立つブローチだからすぐに足がつきそうだけど……)


 ギャレット夫人の落ち込んだ姿が脳裏に浮かぶ。


(お気の毒に……)

(大事な宝石がなくなるなんてショックよね……)


 アリシアは考え込んだ。


(どうしよう)

(私の力を使えば行方がわかるかもしれないけど……)


 アリシアは右手の人差し指につけた指輪を見つめる。

 アリシアには鑑定眼の他にも特殊な能力があった。


(でも、この力のことはバレたくない……)


 かと言って、放置するのも寝覚ねざめが悪い。

 もやもやした気持ちは広がる一方で消え去ってくれなかった。

 アリシアはドレスについた紅茶の染みを見つめた。


 ――そして現在。

 こうしてくたくたになって屋敷に帰ったアリシアは、再び飲み物をぶっかけられる羽目になってしまった。 


 しかも、今度は頭からかぶってしまった。

 ボタボタと顔に垂れてくる赤ワインを、アリシアはぐいっと手でぬぐった。


「アリシア! これは……ひどいな」


 暴れるジョセフィンを取り押さえながら、ヴィクターがため息をつく。


「ヴィクターお兄様は私のものよ! 泥棒猫は引っ込んでて!」


 ジョセフィンがヴィクターの腕の中から伸び上がるようにして叫ぶ。


「え……?」

「何を言っているんだ、ジョセフィン!」


 ジョセフィンは明らかに成人前の少女だ。

 十六、七歳といったところだろう。

 アリシアの冷ややかな視線に気付いたのか、ヴィクターがぎょっとしたような表情になる。


「誤解だ、アリシア! 彼女とは何でもない!」


 ヴィクターは華やかな独身の王子――いろんな女性と遊んでいてもおかしくない。


「彼女は従妹のジョセフィンだ!」


 猫のように激しく暴れるジョセフィンを、ヴィクターが顔をしかめながら押さえている。


(従妹なのか。道理でヴィクターと同じ髪と目の色をしている……)


 髪を振り乱したジョセフィンが、キッとアリシアを睨む。


「ヴィクターお兄様と結婚するのは私なの! なんであんたなんかが婚約者なのよ!」

「ジョセフィン!!」

「うわああああああ!!」


 ジョセフィンが大声で泣き出した。

 アリシアは頭が痛くなってきた。


(貴婦人たちに詰め寄られて、紅茶をかけられて、帰ってきたら赤ワインをかけられて……)

(私が泣きたいわ……)


 今日は間違いなく厄日だ。 


「……お風呂に入ってきます」


 お酒はきちんと洗い流さないとベタベタする。何より酒臭さに辟易する。

 どうせ、紅茶の染みのついたドレスを着替えようと思っていたところだ。

 アリシアはさっさと部屋を出た。


         *

      

「本当にすまない!」


 風呂に入り、着替えてさっぱりしたアリシアに、ヴィクターが頭を下げる。

 応接室にジョセフィンの姿はない。


「彼女は……?」

「帰った。なんとかなだめて馬車に押し込んだよ」

「ずいぶんなつかれているのね」

「ああ。昔からなぜか俺にべったりでな」

「恋人だったの?」


 アリシアの言葉に、ヴィクターが慌てて手を振る。


「いやいや、全然! 妹みたいなもんだよ。従妹だし、十歳近く年下で……恋愛相手になんか見られないって!」


 必死で弁明するヴィクターに、アリシアは疑いの眼差まなざしを向けた。


「ただの従妹が赤ワインをぶっかけてくる? 完全に修羅場だったけど」

「トーマス! 助けてくれ!」


 ヴィクターの懇願に、トーマスが若干じゃっかん笑いを堪えながら近づいてきた。


「疑われるのも無理はありませんが、ヴィクター様とジョセフィン様は誓ってただの従兄妹同士の間柄で間違いありません」

「ふーん」

「ヴィクター様がいつもジョセフィン様の求婚をかわすたびに、『俺は独身主義だ』と言っていたのがあだになったのでしょう」

「おい! 援護射撃じゃなくて背中から撃つ気か?」


 トーマスが肩をすくめる。


「ショックだったと思いますよ。誰とも結婚しない、と言っていた憧れの人がいきなり恋人をすっ飛ばして婚約者を連れてきたのですからね。しかも、まったくの圏外から」


 強引に婚約させた張本人がしれっと言うのを、ヴィクターが恨めしげに見つめた。


「どうだ? 信じてくれたか?」


 必死に潔白を証明しようとするヴィクターがおかしくて、アリシアは思わずふきだしてしまった。


「機嫌を直してくれたか、よかった」


 ヴィクターがホッとしたように肩から力を抜いた。


「で、どうだった? ギャレット夫人のお茶会は」

「わざと紅茶をドレスにかけられたわ。モース侯爵家の令嬢に。あの方も貴方の信奉者らしいわね」

「ペネロペ・モース令嬢が?」


 ヴィクターが顔を曇らせる。


「ジョセフィンと同い年でよく一緒にいたから、話しかけてくるのだと思っていたが……」

「……」


 ヴィクターにとっては自分の取り巻きの一人だったようだ。

 アリシアは改めてヴィクターを見つめた。


 整った容姿の(ほが)らかで世話好きの王子だ。

 社交界でさぞや人気があるだろう。


(いろんな女性から好意を向けられるから、相手の恋心に気づかないのね……)


 ヴィクターの視界に入ろうとするのは大変だろう。

 そう思うと、少し彼女たちの気持ちがわかった。


(どこの誰かもわからない女に横から、かっさらわれたも同然だものね……)


 アリシアはため息をついて立ち上がった。

 彼女たちからすると、アリシアが『泥棒猫』に見えるのも致し方ないのかもしれない。


「疲れたから休みます。そうそう、ギャレット夫人のブローチがなくなったりして、大騒ぎだったのよ」

「ブローチ?」

「アメジストですごい高級品よ。早く出てくるといいけど」


 立ち上がってクラッチバッグを手にしたアリシアは、妙なふくらみを感じた。


「何かしら、硬いものが……」


 何気なくバッグを開けたアリシアは、思わず声を上げそうになった。


「どうした、アリシア?」


 異変を察知したヴィクターが近づいてくる。


「アメジストのブローチが……なんで私のバッグに!?」


 白いクラッチバッグの中に鎮座していたのは、ギャレット夫人のブローチに間違いなかった。

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