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第17話:アメジストのブローチ

 とにかく王子の品位を落とさず、貴婦人たちの好奇心を満足させればいいのだ。

 アリシアは姿勢を正した。


「一体どこで王子と知り合われたのですか?」

「偶然、お気に入りのお店で」


 アリシアはさらりと答えた。

 嘘はついていない。


「まああ、どちらのお店?」

「ふたりの隠れ家に使っているので、ごめんなさい。秘密です」


 アリシアの言葉に落胆のため息がもれた。


(下町の料理店兼酒場とは言えない……!!)


 それに、あの店は息抜きの場所だ。貴族のご婦人方に荒らされてはたまらない。


「王子の一目惚れだとか……!」

「そうなんです」


 敢えて否定せず、アリシアは素直にうなずいた。

 これが一番(かど)が立たないだろう。ヴィクターもそうしていた。


 実際、ヴィクターが自分のことをどう思っているかなど、他人には関係のないことだ。

 それ以降も質問責めにされたが、アリシアはのらりくらりとかわした。


「失礼、お化粧室に」


 ようやく貴婦人方たちからの質問が落ち着いてきた頃を見計らい、アリシアはそそくさと席を立った。

 廊下に出て一息つく。


「ふう……」


 一通り質問には答えたし、これで充分だろう。

 化粧室から戻ると、おしゃべりが一段落ついのか、貴婦人たちが立ち上がって好きなことを始めていた。

 ピアノを弾く者とそれを聴くもの、ソファに座って歓談をする者――。


「お疲れさまでした。注目のまとでしたね!」

「マリカ様」


 マリカが屈託のない笑顔を向けてくる。


「ちょっと疲れましたけど、これでとうぶん誰も聞いてこないと思うと気が楽です」

「やっぱり王子の婚約者ともなれば興味津々ですよね」

「それだけじゃなくて、私が離婚したばっかりっていうのもあると思いますよ」


 自分に向けられる視線の多くは好意的なものではない。

 どちらかといえば――。


「すごいわね、伯爵から王子に乗り換えるなんて!」

「それにしても、尻軽よね。離婚してすぐなんて」

「案外、以前から不倫していたのかも――」

「滅多なことを言わないで! 相手は王族なのよ!」


 ひそひそ話をしているつもりかもしれないが、アリシアからすると丸聞こえだ。

 いや、わざと聞こえよがしに言っているのかもしれない。


「気にすることないですよ。嫉妬です」

「えっ……」


 憤慨したように、マリカが唇を尖らせている。


「私も、母国でずいぶん謂われのない中傷をされました。いわゆる、玉の輿で夫は女性に人気がありましたから……」

「……気にしないのが一番ですよね。外野の適当な声なんて」


 アリシアは微笑んだ。

 少なくとも、自分の味方でいてくれる人が一人はいる。それだけでだいぶ気が楽になった。


(思っていたよりずっと気を張っていたのね、私……)


「おふたりとも、こちらにいらして!」


 ギャレット夫人が声をかけてくる。


「どう? このブローチ!」

「すごいですね」


 ギャレット夫人が自慢げに見せてくれたのは、紫水晶――アメジストのブローチだった。

 あまりに見事な細工に、思わずアリシアは鑑定眼を使ってしまう。


(わあ……なんて質の高いアメジストなの!)


 ダイヤモンドやルビーよりも価値が高いわけではないが、アメジストといえどこの大きさであれば充分な価値がある。


「おふたりとも、素敵なペンダントをされているから、宝石に興味がおありかと思って。でも、宝石に興味のない貴婦人なんかいないわよね」


 ギャレット夫人の言葉に、アリシアとマリカは目を見合わせた。

 お互い、パートナーから贈られたペンダントをつけている。


「素敵ですね、サファイアのペンダント。……アリシア様の瞳とそっくり!」

「マリカ様の夫君のお勧め品です」


 気まずそうなヴィクターの顔を思い出し、アリシアは笑いをこらえた。

 現在シオンはペンダントの購入資金によってできた赤字を埋めるべく、商売に精を出している。


「あら、シオンったら! でも、本当にお似合いですわ」

「ありがとう、マリカ様」


 宝石も服と同じで直に身に付けるものだ。

 そのため単なる質や価値だけでなく、本人との相性も大事になってくる。

 ヴィクターから贈られたペンダントは、ただ美しいだけでなくアリシアにしっくりと馴染んでいた。


(不思議……相性のいいアクセサリーはつけているだけで落ち着くし、自信が持てる……)


 アリシアは右手の人差し指につけた指輪を見つめた。

 祖父の形見であるこの指輪と同じように、まるで自分の体の一部のように感じる。


(ケインからもらった結婚指輪は違和感しかなかったなあ……)


 だから、離婚して外した途端、解放感に包まれた。


「あっ!」


 バシャッと音がし、アリシアのドレスに茶色の染みが広がった。


「あら、ごめんなさい。よろけてしまって!」


 茶色の巻き毛の女性が紅茶のカップを手に薄笑いを浮かべている。


(確か……モース侯爵家の令嬢)


「カップを持ったまま移動しちゃいけないわね。ごめんあそばせ!」


 取り巻きの令嬢たちが、クスクス笑いながら染みのできたアリシアのドレスを見やる。


「だ、大丈夫ですか、アリシア様!」


 マリカが驚いてとりすがってくる。


「ええ、マリカ様。紅茶は冷めていたようです」


 熱湯をかけられたら火傷やけどをしていただろうが、さすがに相手も嫌がらせといえど程度をわきまえるくらいの知恵はあるらしい。


「あの方、知っています……。いつもパーティーでヴィクター様にアプローチしていた方だわ」


 なるほど。狙っていた王子をかっさらったバツイチの女が気にくわないというわけだ。


「ちょっと拭いてきます」


 アリシアは今度こそ本当に化粧室に行った。

 鏡の前でドレスを確認する。


「これ、洗って落ちるかしら」


 しっかり紅茶が染みこんだドレスにため息が出る。


(ああ、仕事とはいえ疲れた……)

(早く帰りたい……)


 サロンに戻ると、悲鳴のような声が上がった。


「ブローチがないわ!」


 叫んでいるのはギャレット夫人だった。


「どうしたんですか?」

「今見たら、ブローチがなくなっていて!」


 棚の上に飾られていたアメジストのブローチが忽然こつぜんと消えていた。


「ええっ!?」


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