第12話:アリシアの鑑定眼
「疲れた?」
「えっ……」
帰りの馬車で考え事をしていたアリシアはハッとした。
いつからだろうか、ヴィクターがじっと見つめていた。
「きみは注目を集めていたからね。……貴婦人たちにいろいろ言われただろう?」
何気ない風だったが、ヴィクターの声音に心配そうな響きが混じっている。
「それは大丈夫です。予想どおりですし」
言われてみれば、好奇の目を向けられたり、聞こえよがしの嫌みも言われたが、あまりにもエメラルドが気がかりすぎてすっかり忘れていた。
(あのエメラルド……もし何かあったら国際問題になるくらいの価値はある……)
個人資産とはいえ、やはりここはヴィクターにも伝えておくべきだろう。
もじもじしていると、ヴィクターが苦笑した。
「もっと気安く話そう、って言ったよね? 慣れないかもしれないけど婚約者同士なんだし、なんでも話してほしい」
その言葉にアリシアは心を決めた。
「マリカ様がつけていたペンダント覚えている?」
「ああ。びっくりするほど大きなエメラルドがあしらわれていたな」
宝石嫌いのヴィクターも、さすがにあの目立つペンダントは記憶に残っていたらしい。
「あのエメラルド、本物なの」
「……? それがどうかしたのか? マリカ殿は大使夫人だ。高価なアクセサリーをつけていても不思議じゃない」
「そうなんだけど……。彼女はあのペンダントをイミテーションだと言っていたのよ」
「本物を模造品と言っているということか。なんでだ?」
「わからない。たとえば彼女が見栄っ張りな人だったとして、イミテーションを本物だと言っているなら理解はできるのよ。でも、本物をイミテーションだって言う必要がある?」
ヴィクターが少し考え込む。
「……盗難防止とか?」
「それが、彼女は本当にイミテーションと思っているようなの。平気で人に触らせるし、私なんか手の上にまで載せてもらって……」
思い出してアリシアは体をぶるりと震わせた。
ヴィクターが首を傾げる。
「確かに不可解だが……。そんなに悩む問題か? 大使夫人が高価なエメラルドのペンダントをつけている、というだけだろう?」
「うーん、そうなんだけど……」
もやもやしたものがどうしても消えない。何かが引っかかる。
「今はっきりしている懸念は、彼女の無防備さ、かな。城三つくらいぽんと買えてしまいそうな高価な宝石を、大勢の前に持ち出して、外したり触らせたりしているから……」
「城三つ!?」
ぎょっとしたようにヴィクターが声をあげる。
「あのエメラルド、そんなに高価なのか!? いや、そんなことより――」
いきなり真顔になったヴィクターが顔を覗き込んできた。
「アリシア……きみはなぜ、エメラルドが本物だと気づいたんだ? 持ち主ですらわからないのに」
「……っ」
アリシアはうかつに相談してしまったことを後悔した。
(そうだ、この鑑定眼のことも秘密にしなければいけなかったのに……!)
ペンダントに気を取られすぎてすっかり自分の特殊能力のことを忘れていた。
アリシアの能力は、魔法石を見分けられるだけではない。
普通の宝石の真贋や価値を見抜くことができるのだ。
「アリシア」
ヴィクターが肩にそっと手を置いてくる。
「出会ったばかりでまだ信用されていないのはわかっている。だが、俺は秘密は守るし、悪いようにはしない。だから、話してくれないか?」
「……」
今更、誤魔化しようがないし、エメラルドの件はやはり相談が必要なレベルの問題だ。
アリシアは腹をくくった。
(お祖父様、ごめんなさい……約束を破ってしまうわ)
自分と同じ宝石の鑑定眼の力を持つ孫娘を、祖父はいつも心配していた。
アリシアは口を開いた。
「私、宝石を鑑定できる能力があるの」
「……それはどうやって確かめるの?」
ヴィクターはためらいながらも疑問を呈してきた。
それは当然だろう。ぱっと見ただけで宝石の真贋を見極められると言われて、素直に信じる者はいない。
「祖父が同じ鑑定眼を持った人で、宝石商として財を成したの。それで、私も小さい頃から宝石に囲まれた生活をしていて……それで能力が発覚したの」
まだ祖父が生きていた頃の懐かしい思い出が蘇る。
――あ! 一つだけ違うのが混ざってる!
祖父の膝の上に乗りながら、幼いアリシアは出入りの商人が持ってきた宝石を指差した。
あのときの祖父の嬉しそうな顔が忘れられない。
――そうだ、アリシア。この一つだけ、他と違う。よくわかったね。
――だって、全然輝きが違うもん!
商人は焦っていたが、どうやら彼には本当に全部が同じに見えるようだった。
その後、祖父は様々な宝石に触れさせてくれるようになった。
――アリシア、その目は絶対の武器になる。
――同時に危険を呼ぶかもしれない。絶対に秘密だよ。パパとママにも話してはいけない。
ヴィクターに思い出話をしながら、アリシアは苦笑した。
祖父の懸念は現実となった。祖父が亡くなったあと、事業を傾けた両親は次々と宝石を売り払って急場を凌いだ。
もし、アリシアが鑑定眼を持っていると知ったら、どんな風に利用されたかわからない。
「寒いのか?」
気遣うような声にアリシアはハッとした。
無意識に腕をさすっていたらしい。
「いえ、大丈夫」
アリシアはきゅっと唇をかんだ。
「でも、言葉だけじゃ信用できないわよね。あなたが今つけている、ネクタイピンは百ポンドくらい?」
ヴィクターが慌てたように、胸元に手をやる。
「それから、私が今回借りてつけているネックレスは二千ポンドくらいかしら? かなり高価なアクセサリーよね。ドキドキしたわ。どれも本物の宝石がついている」
「きみは……相場もわかるのか」
「祖父がいろいろ教えてくれたから。特に使う場面もなかったけれど、勉強は続けていたわ」
城の仕事をする他は、本を読んだり、見識を深めたりしていた。
「きみの眼は確かなようだな……」
ヴィクターが顎に手を当てる。
「スフィア王国大使夫人が、非常に高価な宝石を所持しているうえ、イミテーションとして扱っている、か……。もしきみの他にも気づいた者がいたとしたら――」
「盗むのは簡単だと思う。あの調子だと、普通に宝石箱にしまっているだけだと思うから」
「我が国内で盗難事件となると、スフィア王国との外交に亀裂が走るかもしれんな……」
はあ、っとヴィクターがため息をつく。
馬車の天井から吊された紐を引くと、鈴を鳴らせて御者に知らせる。
「スフィア王国大使の屋敷に戻ってくれ」
「……!」
「報告してくれてありがとう、アリシア。とりあえず、指摘だけはしておいた方がいいな。何か事が起こる前に」
「ええ」
(引っ越しの際に手違いで持ってきてしまった、とかならいいのだけれど……)
夫妻の態度がぎこちないという情報もある。
嫌な予感は膨らむばかりだった。




