第6話 早すぎる再会
まぁ、十中八九、俺もヴァールハイトと同じく転移させられたということなのだろう。
「……はぁ、」
自然と大きな溜め息が漏れた。
ふと夜空を見上げると、無数の星と月がまるで励ましているかのように煌々と輝いている。
(どんなに応援されても、もう歩けねぇぞ……)
乳酸が溜まり、言うことを聞かなくなってきた足を草の上に投げ出す。そのまま大の字になると、スゥと足に溜まっていた疲労が引いていった。
なぜこんなにも疲労困憊なのか、という件についての顛末は数時間前に遡る。
有り体に言ってしまえば、『もしかしたらヴァールハイトもこの草原に飛ばされたのでは?』と思い、この草原を探索し始めたせいである。
俺が左耳に付けているピアスは見た目こそ、ただの小洒落たピアスだが、実際はかなり高性能な〔通信魔導具〕で通信可能範囲は半径10キロほど。
これはこの世界だと大体のことはどうにかなるレベル(最新のiPh⚪︎ne的な感じ)……なのだが、それは魔力があればの話である。
電気《充電》がなければiPh⚪︎neもただの重い板になるのと同じ話で、今やこのピアスもただのオシャレグッズだ───いや、実際ピアスはオシャレグッズなのだけれども。
どこかのラノベ主人公なら「悪いね、僕の魔力は無限なんだ(キラッ☆)」とか、「俺は魔力が尽きたことが無くてな(ドヤッ)」とか簡単に言うんだろうが、そんなチーレム野郎共は俺がぶん殴ってやりたい。
閑話休題。
つまりはそういう訳で、このだだっ広い草原を自分の足で奔走することになってしまったのだ。
こうして、疲労困憊なアレンの出来上がりである。
しかも、ヴァールハイトは見つからなかった。踏んだり蹴ったりである。
明日から、どうしようか。まずは……ここが……どk……
─────────
──────
───
心地の良い陽の暖かさが身を包んでいくのを肌で感じていると、瞼の裏がオレンジ色に染まっていく。
風が草を揺らし、サワサワと首筋と耳の裏をくすぐる。
(……あぁ、寝ちゃってたのか)
明度を上げていく瞼の裏を眺めていると、徐々に意識がハッキリし始める。
(こんな場所で寝るだなんて、流石に不用心すぎたな……)
体の芯から末端へ、ゆっくりと感覚が戻っていく。少しずつ氷が溶けていく、そんな感じだ。
そして、最後に手先の感覚が戻って───こない……?
いや、左手の感覚はある。右手が……右腕の感覚が、全くと言って良いほどの皆無。
それはまるで、腕そのものが無くなってしまったような……
額に冷や汗を浮かべ、ガバッと無理やり体を起こし右腕に目を向ける。するとそこには、昨日と何も変わらない右腕が普通に付いていた。
頭の上に『?』を浮かべて何秒か経つと、無数の細い針に刺されているような感電に似た刺激が右腕を襲う。もっと具体的な例を挙げるとすれば、何時間も正座をしていた足の痺れに近いだろう。
「う、ぐぉぉぉ……何で、こんなに痺れてんだよ!?」
ビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリ……そんな擬音が聞こえてくるようである。
(腕を枕にしていた訳でもないのに何で……あれ?)
よく見てみると、二の腕辺りに無数の髪の跡がハッキリと残ってる。はて、やはり気付かないうちに、枕にしていたのだろうか?
いや、俺が起きた時は草を枕にしていたはずだ……その証拠に若干髪から草の青臭い匂いがするし……
未だに痺れている右腕を宙でぷらぷらさせながら、周りの景色をゆっくりと見渡す。
雲一つない晴天に、壮大な山脈、終わりのない草原───そして視界の隅……俺のすぐ隣に、見覚えのある薄汚れた灰褐色の髪。
それはヴァールハイトと俺を軽く翻弄し、軽く圧倒した少女と恐ろしいほどに重なった。
昨夜の戦闘の記憶がフラッシュバックし、心臓が大きく跳ねた。寝ぼけていた脳が急速に回転し始める。
半ば反射的に左手を背中に回し、〚法具〛を掴m……?
スカッ、スカッ、
〚法具〛を掴むはずの左手は虚しく空を切るだけで、一向に目的の物に辿り着けない。
錆びたブリキのように首を回し、背負っているはず大杖を確認する。
かなり大きな杖のため、少し回すだけで一部が見える……予定、なのだが───
「、ない……っ!!! 〚闇御津羽〛が無い!?」
思わず叫んでしまった。
慌てて口をつぐんだが、時すでに遅し。
もぞ、と長い灰色の髪に包まれた化物が体を揺らした。
ゆらり、と上体を起こしガリガリに痩せた細い腕で目を擦る。
チラ、と髪の隙間からハイライトのない碧い瞳を覗かせた。
俺はその一挙手一投足を眺めることしか出来ず、少女が少し動いただけで、心臓は喧しいほどに鼓動を打ってしまっていた。
少女が座るのは俺と50センチも離れていない位置。すぐに気付けなかったことに驚きを隠せないほどの距離。
もし少女がその気になれば、俺は何の抵抗も出来ずに殺されてしまうだろう。
そんな人の気も知らないで少女はジー、と無遠慮に俺を見つめ続ける。
その見つめられる時間に比例して心拍数は増加していく。
これ以上は心臓が破裂するんじゃないか、そう思った時だった。
「……ん、」
少女は掠れた、蚊の鳴くような小さな声を発し、ゆっくりと俺に向けて両手を伸ばす。
その病的なまでに細く白い腕が陽の光を眩しく反射させる。
無機質な碧い瞳は一切の感情を灯しておらず、ただただ両手を俺に伸ばすのみ。
「ん、」
催促するように再び声を発した。心なしか先ほどよりも少し力強かった気がする。
その姿はまるで───抱っこ、またはハグ。それらに類するものを求めているようにも見えた。
必死に両手を伸ばすその姿は、ただの幼い少女のように見えた。
「──────」
少女は三度口を開いたが、今度は掠れた声さえ発することも出来ずに、少しの空気だけを吐く。
この異常な状況を飲み込めず、プチパニックを起こしている俺はその均衡状態を保つことしか出来なかった。
この膠着状態が始まってから何分かが過ぎた頃。
突如として、少女は目尻にうっすらと光るモノを浮かべた。灰褐色の髪の奥で微かに光るそれは、紛れもなく涙だった。
「ど、どうしたんだよ……」
突然のことで処理が追いつかず、つい声を掛けてしまう。
そして俺の言葉を皮切りに少女はボロボロと涙を流し始め、見たことがないほど大粒の涙が頬を伝っていく。
薄汚れた頬に何本もの涙の糸が作られ、その奥にある更に白い肌が所々で線となって露出した。
ハイライトのない碧い瞳は次々に、止めどなく涙を零す。
それでもなお、俺の目を見つめ続け両手を伸ばす。
「わ、分かったから泣かないでくれ……」
正直、迷った。迷ったが……
草の上で膝立ちになってから、そっと少女を抱き寄せ、ぎこちなく抱きしめる。
少女は一際大きく体を揺らしてから、俺の肩と首の辺りに弱々しく抱き付いた。
初めて触れた少女の体は細く、薄く、本当に本当に小さかった。
今回の収穫:一人ぼっちじゃなかった。
────Tips────
この異世界は不思議なことに地球で最も一般的な暦……つまり、太陽暦が使用されており、しかも1日は約24時間で1年は365日、閏年も存在している。
〔通信魔導具〕は、隊長が黄金色の石、ヴァールハイトが赤銅色の石、俺は群青色の石……それぞれの石をチェーンで吊った逸品。
お値段は日本円にして300万円ほど。1つ、300万円である。




