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始まりは蕾から

幸福の花畑(ハピネスフラワーズ)っ!」


無機質にも広がる月白の空の下に、数学のノートのような方眼の描かれた床が永遠と続いている。

少女の力強い声と共に高く突き上げられた剣とは裏腹に、地面から顔を出した雑草三本は声の主を見つめていた。


「もうっ!なんでこんなにも上手くいかないの!?」

「ユナ、もう諦めたら?これで二十三回目だけど」

「いや今日こそは成功させたいの!魔力の量が少なかったのかな、それとも魔力の流れにブレがあったか、まずそもそも発動条件が違う?」

「独り言うるさいんだけど」


癖のある栗皮色の髪を一つに纏め上げ、綺麗に左右ハ対ニで切り揃えられた前髪。

純粋無垢な黒い瞳はメガネ越しに輝き、右耳を見せるように橙色のピンが止められている。

右耳付近に付けられている立体的な蝶々は今にも飛びそうな勢いにも関わらず、どこか彼女とは不釣り合いな雰囲気を漂わせていた。

白を基調としたワンピースに黒のキャミソールを合わせた格好は剣を振り回すのに不適切であるにも関わらず、ましては左胸に金色のバッチが反射で煌めく。

ブツブツと反省点を唱えては少女ーーユナは隣に居続ける同期の言葉には耳も向けずに丁寧に雑草を抜く。


「まず魔法の練習しようとしている人の格好じゃないし、しかもその魔法聞いたことないんだけど」

「服は気分のままに決めちゃったから仕方ない。魔法は自分で創った」

「よくもまあ、そんな簡単に言うよ」

「だって私、魔法大好きだから」


交わった目線の先に見せたその笑顔はまさに好奇心をくすぐられた少女。

金髪の間から覗かせた翠玉の瞳を持つ青年ーーセラはそんな純粋無垢さを捉えると、呆れるように溜息を溢す。

彼女のことを良くも悪くも知っているため、目の前の少女がどれほど魔法に対する愛を、探究心を、そしてその才能があることを知っていた。

見よう見まねで幾つもの魔法を創り出して成功させた経験は他の誰よりも目の当たりにしてきたのだ。

その反面、同じように失敗も共にしてきたのである。


「呆れるなら帰ってもいいけど。私、別に一人でもいいし」

「可愛くない女の子ですね〜。そんなんだから僕に身長が抜かされちゃったんじゃない?」

「これでも一個上だから!しかも身長の話はぜっんぜん関係ない!」

「はいはい、やるなら早くしなよ」


翡翠色のバッチを左胸に輝かせ、腰丈の純白マントを翻しては立ち上がった彼との身長差は絶妙ながらもユナより高いのは目視できる。

自慢げな顔で見つめてくる様子にユナも思わず一歩踏み出すが、冷静さを取り戻したのか渋々銀色に光る剣を握り直す。


幸福の花畑(ハピネスフラワーズ)!!」


先程と変わらない勢いで剣を天へ突き刺すも、雑草一つさえも生えなくなった。

今回は流石に成功しないだろうと早めに目処を立てたセラは再び声を上げる。


「そろそろ諦めなよ。僕、流石に飽きたよ?」

「大丈夫、次こそは成功する」

「ユナのその自信と粘り強さには毎度関心するよ……」

「私もセナの独特の発想に感心するけど」

「僕が言ったのはそっちじゃないから」


そう告げた彼の声は本人の耳には届かなかったのか、本人は剣を顔の前に持ってきてはそのまま大きく深呼吸をする。

彼女の体を謎のヒカリの粒子が包み込む、それが発動の合図となった。


幸福の花畑(ハピネスフラワーズ)!!!」

「おおっ」


同期の感嘆する声が聞こえる中、眩い光だけが辺りを包み込んでいた。

魔法を発動させた本人さえも目を開けられないほどの明るさは、長いようで短いような時間の経過と共にゆっくり消えていく。


「落ち着いた、かな」

「ユナ、大丈夫?」


反射的に閉ざした目を開けたセラは、側に尻餅をつくユナへ声をかける。

当の本人は物凄い勢いで彼の方へ向いたと思えば、希少なもの見つけた子供のように地面を指差す。


「セラ!見て見て!ほら、そこにまだ蕾だけど生えた!」

「返事一つぐらいはして欲しかったかな。でも良かったんじゃない?」

「ようやく蕾の状態まで!これで私の仮説通りなら、芽の状態や花の状態も存在するはずだけど、魔力量に比例して状態が変化してる?だとしたら芽の状態を飛ばして蕾が現れた理由は?それにーー」

「独り言はそのぐらいにして。これで魔法の練習は終わりでいいね?」

「うん、成果もあったし、後日検証結果をまとめて今までの記録と比較しないと」


魔法に関する異常な研究心に顔を歪ませながらもセラは先に立ち上がり、今だに地べたに居座るユナに手を差し出そうとしてーー思わず手を止めた。

蕾のもっと先の一点を見つめる彼女の瞳は時々瑠璃色に染まる。

瞳孔の中には点々と光が散らばって星空を詰め込んだようなその目に、セラは何処か苦手意識を持っていた。

目線は交わっていないにも関わらず、全て見透かされているように見つめてくるその視線に。

そんな心境を他所に、当の本人はバッとセラへ振り向く。


「セラ、私、とんでもない魔法を発動させちゃったかも」

「はぁ?さっきので頭イカれたの?」

「正常ですけど!?今まで読んだ魔導書にも魔法書にも載ってなかった魔法を実現させたかもしれないし、今度こそは謹慎期間が半年とかになっちゃうかも……」

「謹慎とかはさておき、一旦落ち着きなよ。話の流れが全く読めないんだけど」

「見えてないの!?あそこに人が居るじゃん、二人も!!!」


声量を抑えることを知らないユナが指した方向には、確かに二つの人影が見えなくはなかった。

身長はユナやセラと変わらなく、人として認識できる距離内には居る。


「分かったよ。僕が見てくるから、ユナはここでーー」

「いや私が原因なのは確定だから、私が行かないと」

「あのねぇ、こういうのは本来僕の仕事で」

「最終的に責任を負うのは私なんだから、一緒に見に行けば問題ないよ」


一緒に、と告げたにも関わらず先を突き進むユナをセラも追いかける。

距離が近くになるにつれて、男女の二人の姿が鮮明に見え始める。

真っ白なワンピースに身を包み、煎茶色の髪を腰まで伸ばした美少女。

同じように純白の服にズボンに負けないほどに色素の薄いベージュ髪の美少年。

近づいてくるユナとセラの存在に気付いたのか、分かりやすく肩を震わせて距離を取ろうとする。


「わっ、そんな怖がらないで大丈夫だよ!私はユナっていうの。貴方たちを保護しに来たの!」

「ほ、保護?」

「そうそう!ここは、えっと、私の家の敷地なんだよ!だからもっと安全なところに案内しようと思って」

「それは、ごめんなさい」

「あぁ、謝らなくていいんだよ!?怒ってるわけじゃないから!」

「ごめんね、うるさくて。僕はセラ。キミたちを安全なところに案内するに当たって名前を聞きたいんだけど、良いかな?」


見た目に反して初々しい言葉を話す二人に、ユナも言葉を選んでは紡いでいるのか慌ただしく手振り身振りをする。

その逆に小さく息を吐いたと思えば、自然に名前を聞き出す。

こうするんだよ、と訴えるセラにユナも何も言い出せずそっぽを向く。


「わ、私はカンザキミライですっ!ユナさん、セラさん、お願いします!」

「……僕は、キタオカソウトです。その、よろしく、お願いします」

「うん、よろしくね!」




ユナは彼と彼女を迎え入れるように、目一杯の笑みを浮かべた。

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