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花を咲かせる物 後編


 雪深い森の奥地、セレリス・フォレスト。

 そこに屋敷を構えるのは、この辺り一帯を治める辺境伯。


 国を護る要塞を兼ねて作られた屋敷は広く、どこからとも攻めづらい。


「先生はどんな風にして『贈物ギフト』を咲かせたんです?」

「どうしたもこうしたも、目に映る通りだよ、マーク=スミス」

「いや、やり方の話ではなくてですね……」


 その屋敷の敷地の一角に、研究室を兼ねた一軒の家があった。

 夜の研究室には、まだ(オレンジ)色のランプが灯り、窓の外には雪が降っている。


 そこでは二人の若い男が、ノートに何かを書きつけながら会話していた。


 先生と呼ばれた男のほうは、今日の記録を書きとりながらすげない返事を返す。


 あちこちに吊り下げられた植物。窓辺にも(デスク)にも植物。

 あとは書架いっぱいの本、本、本、たまに論文の写し、植物のスケッチ、そしてまた、本。


「だったらなんだ」

「先生の、半生の話ですよ」

「聞いて楽しいもんでもないぞ」

「参考にしたいんですよ」


 マークと呼ばれた若い男が食い下がる。

 もう一人の方は仕方なさそうに息をついた。




 ―――ひとりの、植物学者がいた。


 弱冠17歳にして、『贈物(ギフト)』を咲かせた若き天才。

 王都にある国内最難関のハインハルト大学を飛び級で卒業し、20歳で博士の学位を取得している。


 その幾多もの研究と功績を王に認められ、褒章まで授かっている。

 学者としても、平民としても、異例中の異例の男であった。


「中級学校に通いながら、サイモン=マーシャルのもとで研究の基礎を教わって、高等部に上がったころには自分で研究を始めた」

「サイモン=マーシャル!? あの植物学の権威の!?」

「そうは言うけどな、ありゃフツウのじいさんだったぞ。酒が大好きな」


 酒が大好きな時点で普通ではなさそうですけど、と言いたいのをこらえてマークは続きを尋ねた。


「じゃあ、研究はそれなりに順調にいったんですか?」

「そんなわけないだろ。毎日毎日、『ダメでした』の山だ」

「先生でも?」

「当たり前だ」

「そんなあ……」


 男が住む土地、セレリス・フォレストの地名は、初夏のころに咲く花の名前からきている。

 一年のほとんどが雪に覆われた町の、短い夏にあちこちで咲く、薄白紅の透き通った花は神話に出てくる花の中で唯一、魔力を持たない花だった。


 それが群生する様は、まるで雪のように見えることから、セレリス・フォレストは『一年中雪の降る地(イグルー)』と呼ばれる。


「そんなに簡単にいくはずないだろ。世界中の植物学者が研究して、挫折したものだったんだから。自分が『これかもしれない』と思ったものは、大抵誰かがやっている」

「だったらどうやって……」

「まずは論文を読んだ」

「全部?」

「全部だ」


 記録という記録を、全部。


 新しいものも、古くて、もう誰も読まないような論文も、メモや走り書きまで余すことなく全部読んだ。

 そうすると、何をすればいいのかをぼんやりとでも知ることができた。

 細い細い、光の筋みたいな道標だったが、なにも無いよりマシだった。


 それを見つけたら、あとは確かめるだけだ。

 自分の手と目で、正しいと思う方法を、ひとつひとつ。


「気が遠くなるような作業だったんじゃないです?」

「まあ、そうかもしれない。でも、苦ではなかったと思う」


 男は、他に知らなかった。

 彼女の居る場所まで、走って迎えに行く方法を、彼女を胸を張って妻にする方法を、それしか知らなかった。


「……セレリスの言い伝えは知っているか?」

「ん? セレリスですか? 『贈物(ギフト)』ではなく?」

「ああ」

「そりゃあ、まあ。あれですよね、雪を見れないハーデルのためにペルセフォリアががんばったっていうやつ」



 冥府の神ハーデルは、冬の間とても忙しい。


 寒さや飢えや疫病で、人がたくさん死ぬからだ。


 冥府の裁判は毎日長蛇の行列ができ、ハーデルはそれを裁き見送る。

 たった一人でこなさねばならぬその仕事にハーデルは日々疲弊しながらも、ただ粛々と何百年もの間休むことなく、死者を裁き、また見送った。


 それはどんなに孤独で、つらいものだっただろうか。

 ずっと苦しくて、けれどそれを面には出さぬように、必死に表情を硬くするハーデル。


 それに気づいた妻ペルセフォリアは、どうしたら夫が笑ってくれるだろうかと頭を悩ませていた。


 ―――冥府を治めるようになってから、ハーデルは雪を見ておらぬ。


 そんな噂を、そんな噂を、ある日、ペルセフォリアは耳にした。

 ハーデルの世話係だった少年神がぽつりと口を滑らせてしまうのである。


「たしかハーデルは、冥府を治める以前に地上に降り立った時、その町の子どもたちと雪遊びをしたんですよね。それで、雪が大好きになった」


「ああ」


 しかし、冥府に雪は降らない。

 暖かくなって、冥府の忙しさが和らぐ頃には、地上の雪はみんな溶けてしまう。


 『ハーデル様は決してそのことを口にはなさいませぬ』と少年神は言った。

 寒さは、人々を死へと導く。寒さの象徴である雪。凍てつく季節の代名詞であるそれがまた見たいなどと、どうして口にできるだろう、と。


「ペルセフォリアは考えた。考えに考えて、そのころまだ駆け出しの女神だった彼女は、まだ雪の残る地上に、ある花の種を撒いた。それがセレリス……ですよね?」

「ああ」



「けなげですね」

「……そうだな」


「僕、神話書のあの一行が好きなんですよね」


 時は過ぎ、長かった冬は明けた。


 人々は春の来訪を祝福し、ペルセフォリアの訪れを称えた。

 ハーデルは胸をなでおろし、また粛々と仕事を続ける。


 ある初夏の晴れた日に、ハーデルは珍しく、様子を見ようと地上に降り立った。


「―――そこは、銀世界だった。」


 セレリスの花があたり一面に咲き乱れ、一陣の風が吹き抜けると、舞い上がった花弁が、ふわり、ふわりと降ってくる。

 そのさまはまさに、ハーデルがあの日見た景色そのものだったのだ。


 彼はすぐにペルセフォリアがそうしたのだと気づいた。

 そして、その女神のもとに飛んで帰って、抱きしめた。


 ペルセフォリアはふわりと笑って、夫をやさしく抱きしめ返す。

 それから、ハーデルと並んで、肩を寄せ合ってその景色を眺めた。


 あの、雪のような白い花を。


「……そうだな。俺も、その部分が一番好きだ」


 目を閉じて、男は、幼い日の出来事を思い出していた。

 祝福花フェリシテ・スノウを胸に抱いて、綺麗だと笑った。

 大切な、女の子の顔を。


「……―――い、先生?」


 マークに呼ばれて、なつかしさに引き留められていた男は、我に返って目を開ける。


「その話がどうかしたんですか、先生」


 早く知りたいと急かすように先を促すマークに、男は呆れ半分、感心半分で苦笑を返した。 

 成績も、実験のやり方も、突出して優秀と言えるものはないが、知りたいことに貪欲に向き合うマークの姿勢を男はひそかに買っていた。


「『贈物(ギフト)』を咲かせるヒントは、神話書にあったんだよ」

「へ?」


「僕は『贈物(ギフト)』を研究するにあたって、それに関するものは全部読んだといったね。もちろん神話も例に漏れずだ。そうしてみて気づいた」

「なににです?」


「―――神々の花はみな、雪の中で一度、冬を越す」

「……まあ、言われてみれば……」

「『祝福花(フェリシテ・スノウ)』も、ハーデルが、あの雪の日に地上から持ち帰ったと言われている。だから、雪の中で冬を越す花だ」

「ははあ……」


 男は魔法瓶をあけて、とっとっと、とお茶を注いだ。

 遠い東の国でとれる茶葉を炒ったものからつくる、ホージチャという種類だと聞く。

 香ばしい香りが、小さな研究室にほっ、とかおった。


 マークがうらやましそうにこちらを見たので、男は戸棚を開けてマグカップを取り出し、彼の分も注いでやる。


「ところで、これまでの論文の中で、『贈物(ギフト)』を咲かせるには、種に春を経験させる必要がある、という説が一般的だった。50年前に『ヨナハルの贈り物(ギフト)』の発芽が実現した際には、温度は20セルシ、春真っただ中くらいの気温を設定したらしい」


 実際は、発芽したいずれも花を咲かせる前に弱り枯れてしまったらしいが、その結果をもとに学者たちは、実験の際に大体それくらいの温度設定をするようになった。


「え、でも、先生が花を咲かせたときの『贈物(ギフト)』の生育環境は……」

「ああ。俺の研究結果では、種子の期間の理想温度は0セルシ。―――雪の下の土の温度だ」


 雪の下の土は、雪がある種の断熱材となって0セルシを保つ。


「『贈物(ギフト)』に経験させるべきだったのは春の盛りではなかった」

「…………」


「―――『春の訪れ』だ」


 花の女神ヨナハルは、冥府の神ハーデルの姉であり、義妹のペルセフォリアを慈しんだとして有名である。


 ペルセフォリアは春と雪の女神だ。

 彼女が降らせた雪が種を守り、やがて春に雪解け水となって土に潤いを与え、眠っていた種は芽を出し、薄青色の花を咲かせる。


 ―――ヨナハルが絶望したのは、人間たちのためではなかった。


 それが、いち植物学者として男が出した結論である。


 争いというものに、人の死はつきものだ。

 免れようもないその理に、一番苦しんだのは誰だ。一番傷ついたのは誰だ。


 寡黙で、厳粛で、冷ややかに見えて優しい、冥府の神である。


 戦争で痛々しく傷つき、死んでいった者たちを裁くとき。


 それはどれほどの痛みだったろう。

 それはどれほどの嘆きだったろう。


 きっとそれでも、彼はいつも通り仕事をしたはずだ。粛々と。


「―――俺たち人間は、神々に甘え過ぎた」


 春と雪の女神は、愛する人のその姿をどんな思いで見ていたのか。


 もうこれ以上苦しんでほしくないと、どれほど切実に願ったのだろう。

 きっと人間は何を言っても争いをやめない。

 けれど冥府の神はきっと、それでも人間を見捨てないのだ。


『この花が開くとき、咲かせたものは心からの願いを叶えるだろう』


 この花を咲かせるものが「雪」と「春」である以上、あの言葉のからくりがどんなものであるかは想像に難くない。


「『贈物ギフト』を咲かせたものの願いは、きちんと果たされた。―――ヨナハルに、人間を救うつもりなんてさらさらなかっただろうさ」


 ヨナハルが助けたかったのは、まじめで優しい弟で、

 ヨナハルが掬いたかったのは、その弟を支え続けた義妹の思いだ。


「―――先生の願いは、叶わなかったんですか」


 マークの口から出た質問を聞いて、男は笑った。

 やはり、見込んだ通りの助手だ。

 深く考え、理解し、自分の知識と照らし合わせたからこそ出てくる質問だった。


「叶わなかった、と言ったら?」

「やっぱりか、と思います」

「実に正しい」


 男はまた一口、ホージチャを口にした。

 マークもそれにならうかのようにカップに口をつける。


「でもハズレだ。俺は今、心からの願いを叶えてここに居る。願いというか、決めたこと、と言うべきかもしれない。だからただ、決めたことをやり抜いた、という意味では、『願い』とは別物だったということかと考えたこともあるが……」


 ―――何か一つ、褒美をやろう。


 そう言った時の王の顔を、男はまだ覚えている。

 胸が痛くなるほどに待ち焦がれた、妻にと決めた女性との再会を。


「…………」

「すべては憶測だ。俺は願いを叶えた。それでいいじゃないか」


 そう。すべては神のみぞ知る。


「……先生の願いって、何だったんですか?」

「……」


 男は黙って席を立ち、自分の机の引き出しを開けた。

 中には、女性の文字だろう柔らかい筆跡で書かれた手紙がいっぱいに入っていた。


 日付はもっとも古いもので12年前である。

 男は、中でもひときわ色褪せた封筒を取り出し、机に置いた。


 きっと何度も開いて読んだのだろう。紙の端はボロボロだ。

 けれど見かけによらず、日付は比較的新しい。


「これなら読んでもいいぞ」


 その手紙の宛名には、男の名前リック=ハリソンと書かれ、差出人の名前は……


「……ペルセフォリア?」

「おおっぴらにやり取りしちゃダメだったんだ。婚約者候補だったから」

「誰のですか?」

「今の国王陛下」


 マークは口に含んだホージチャを思わず吹き出しそうになり、ぐっとこらえて飲みこむ。

 こんな大事な手紙にシミつけたらまずい。


「まあ、その手紙が届いたときには、まだ王太子だったけどな」


 マークはマグカップに残ったホージチャを飲みきって、タン!と机に置く。


「では、拝読します」

「どーぞ」


 やはりできた生徒だ、とリックは思った。


 ホージチャを飲む。

 やはり妻が淹れてくれる茶が一番うまいと、男は独り言ちる。


「わー。先生、隠れて会ってたんすか? やるー」

「うるさいぞ。指一本触れない逢引きなんて、くそくらえだ。天国と地獄がいっぺんに来るんだからな」

「とか言って、先生のことだから、前日にはめっちゃ張り切って準備したんでしょ」

「…………黙秘だ」



 窓の外では、雪がしんしんと降っている。


 植物学者の、夜は長い。



***


―――――――――――


『親愛なるリックへ


こんにちは。


この名前で手紙を送るのも、今日で最後になりそうです。

あれからたったの6年。ずいぶん急いで来てくれたんだね。

すごく、すごくうれしい。


リックの評判、届いてる。

若くてハンサムな天才植物学者・リック=ハリソン。

17歳で『贈物(ギフト)』を咲かせた緑の手を持つ男。

口下手で寡黙なところも硬派で素敵と、クラスメイトが話しているのを聞いた。


なによ。

君は口下手で、泣き虫で、意地っ張りで、ええかっこしいで。

わたしをお嫁にもらうためにがんばってるくせに。


ちょっとくらいは妬かせてもらいます。この人たらしめ。


今日、国王両陛下ならびに王太子両殿下にご挨拶に行ってまいりました。

皆さま困ったものです。


親子二代にわたって、両思いに気付けないだけだったなんて、茶番にもほどがあります。

私と一緒に学院に行った男爵令嬢が、候補だというだけで王太子殿下の婚約者を騙りはじめた時はどうしようかと思いましたが、早いうちに縁を切っておいて正解でした。


でももう、なにも問題ありません。

王太子妃殿下のうれしそうなお顔には何ものも敵わない。


王太子妃殿下は、私みたいな平民のことを、友人と言ってくださいました。

味方だ、と言い切り疑念の目から守り庇ってくださいました。

私もう明日死んでもいいと一瞬思ってしまったけれど、よく考えたら、リックに会えなくなってしまうので、やっぱり嫌かも。


学院を卒業したらどうしようと思っていたのだけれど、雪の研究をしているおじいちゃん先生が、うちで研究するといいと言ってくれたからそこでお世話になることになりました。


リックも知ってる人だよ。

ほら、前に『贈物(ギフト)』の質問で、雪の下で土の温度はどうなるかって質問をくれたでしょう? その時に頼った先生。


リックに会うのは、前に王城ですれ違って以来だね。

やっとだ、なんて言ったら、君に『それはこっちのセリフだ』って言われちゃうかな。



今度は胸を張って会えるから。



だから、会ったら一番に、抱きしめてもいいですか?




ありがとう。

だいすき。


いつまでもあなたのペルセフォリア フィノラ=ロイドより』


――――――――――





【花屋の息子は女神に向かって愛を囁く】



 読んでくださった皆様に、感謝を込めて。


 櫻羽ひろ

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