72.女王のスピーチ
女王陛下の演説。
王都の住民たちは、この前代未聞のイベントに沸き立った。
会場である王城の大広間に集まった人数は、およそ1万人。これだけの数の平民が王城に入るのは、きわめて異例のことだ。
メアたちは柱の陰から、聴衆の様子を観察している。
「外の広場を使えば、10万人だって集められたでしょうに」
王城の外には、会場に入りきれなかった住民たちが群がっている。そのことをローザは残念がっていた。
メアも惜しい気持ちはあるが、彼女の声量では屋外での演説は難しい。
「1万人もいれば十分ですとも」
演説を企画したマリーズには不満はなさそうだ。「聴衆が感じたことは、彼らの口を通じて国中に広まりますから」
(やる価値は充分ってわけね)
メアは大きく深呼吸をしてから、演壇の方へと歩いて行った。
女王の登場に群衆がどよめいたが、歓声は上がらない。やはりメアに対する反感があるのだろう。
メアは気にせず、堂々とした足取りで壇上に登った。
服装は暗緑色の無地のワンピースで、腰には帯代わりの紐を巻いている。とても女王とは思えない地味な恰好だ。
マリーズがあえてこの服装を選んだのは、庶民に親近感を抱かせるためだという。
(豪華なドレスで着飾っても、内心でバカにされるだけだものね)
メアは原稿を演壇に置くと、聴衆の顔を眺め回してから話し始めた。
「私はメアです。アルゴール王国の女王です」
話し始めると、どよめきがピタッと収まった。この場には兵士たちもいるので、さすがにヤジを飛ばすようなバカはいない。
「私は先王エルドールの娘ですが、娼婦の娘であるため、ヴァランサードを名乗ることも、シジミの紋章を身に着けることも許されてきませんでした。今もまだ、自分が女王であるという実感が持てないというのが正直なところです」
マリーズの書いた原稿があるとはいえ、常に前を向いて話すように気を付けねばならない。原稿を読んでいるだけでは気持ちが伝わらないからだ。
「まず、この演説の目的をお話しします。私は皆さんに、反乱軍と戦うことをお願いしたいのです」
群衆が大きくどよめいた。
いきなり戦えと言われても、うなずけるはずがない。誰の顔にも不満と不安が浮かんでいた。
それでも最初に演説の趣旨を説明しておくことは必要だ。そうでないと漫然と聞き流されてしまいかねない。
自分たちの安全に関わることであれば、彼らはメアの話を真剣に聞くだろう。
「ですがその話をする前に、私はみなさんに謝らなくてはなりません。
先日のジェラール、ベアトリス、モイゲンの公開処刑のことです。彼らは反逆者だったとはいえ、あのように残酷で屈辱的な方法で殺す必要はありませんでした。見ていた方は、きっと不快な気分になったことでしょう。
さらには、それを注意してくれた5人の住民の方を殺してしまいました。これは絶対に許されないことです。本当にごめんなさい」
メアは聴衆に向かって深々と頭を下げた。
女王が民衆に向かって頭を下げるという異常事態に、これ以上ないほどどよめきが大きくなった。
メアは自分がそれほど悪いことをしたとは思っていないのだが、謝るならばはっきりと非を認めることだ。責任逃れをしようとすると逆効果になる。
メアは1分ほど頭を下げてから、ゆっくりと顔を上げた。
「私がなぜそんなことをしたのかを説明します。
私は先王エルドールの娘です。しかしさっきも話したとおり、母親が娼婦であるために王家の一員には入れてもらえず、ずっと差別されてきました。私は王家の人間に対して、深い憎しみを抱いていたのです。
だから私は王族であるジェラールたちを残酷なやり方で処刑してしまいました。それを注意してくれた住民まで殺してしまったのは、彼らも同類のように思ってしまったからです。
これは許されないことでした。権力を持つ者は、恨みや憎しみで人を殺してはいけません。私はそんなことにも気付かない子どもだったのです。
改めて、死んだ者たちに謝りたいと思います。ジェラール、ベアトリス、モイゲン、本当にごめんなさい。そして私を注意してくれたアルバン、リビオ、ウジェーヌ、ジャン、ホルモルト、本当にごめんなさい。あなたたちが神の御許に召されることを祈ります」
メアはもちろん死者ではなく、目の前の聴衆に向けて語っている。
女王たる者が平民の名前を1人ずつ挙げたことには誰もが驚き、感動しただろう。
難しい言葉を一切使わないことも重要だ。大衆に向けた演説では、わかりやすい言葉を使わねばならないとマリーズは言った。教育を受けていない人間が多いからだ。
「現在、私たちはとても危険な状態にあります」
謝罪を終えたメアは、話題を反乱軍のことに移した。
「ライジング公領に集まる反乱軍の数は日に日に増えています。彼らは近いうちに王都に攻めてくるでしょう。それを迎え撃つ私たちの戦力は、明らかに足りません。不死鳥軍団までが反乱軍に寝返ってしまったので、ここにいる兵士は1000人にも満たないのです。
諸侯たちには招集をかけましたが、誰もやってきません。それどころか、一部の諸侯は反乱軍に味方しています。
反乱軍の兵力は不明ですが、数万の規模に達することは間違いありません。しかも向こうには『不敗公』の異名を持つライジング公もいます。今のままではとても勝ち目がありません。
王都を落とされた私たちを待っているのは、地獄のような略奪です。財産は奪われ、男は殺され、女は犯され、子どもは奴隷にされるでしょう。敗者は何をされても、嘆く以外にできることはありません」
反乱軍がそこまでするかはわからないが、とにかく危機感をあおることだ。
「私はこの国の女王として、反乱軍を許すことはできません!
首謀者のベアードは、まだ2歳のマクシム君を拉致し、無理やり反乱軍の旗頭にしてしまいました。
ライジング公もベアードと共謀し、金と権力を手に入れようとしています。彼らに加担する諸侯たちも同様です。
先王に追放されたカーケン、レイス、アクセルも、この機を利用して権力の座に返り咲こうとしています。
彼らには理念は何一つなく、ただ自分が利益を得ることしか考えていないのです!」
大衆を団結させるには共通の敵を設定するのが有効だ、というのはよく知られた真理である。その敵が悪であることを強調すれば、大衆は怒りに燃え上がる。
――と、マリーズは言っていた。
実際に効果は覿面のようで、聴衆からは「そうだ、そうだ!」という声が上がっている。
王都での震災後、アクセルやベアードが身を粉にして復旧作業をしていたことなど、忘れてしまったかのようだ。
もしメアが原稿を読んでいるだけであれば、このように聴衆の心を動かすことはできなかっただろう。
彼女は力強い声で、身振り手振りも交えて、感情をこめて語っている。だからこそ聴衆は共感したのだ。理性よりも感情が、大衆に向けた演説では有効なのだ。
「私は戦います! いえ、私たちは戦います!
平原で! 森で! 川で! 丘で! 城壁で! 街路で!
いかなる犠牲を払おうとも、私たちの国を守りましょう!
どれだけ追い詰められようと、最後まで戦い抜きましょう!」
メアは情感たっぷりに、勇ましく語りかけた。
今は賢しらなことを言うよりも、感情に訴えるべきだ。
彼女の言葉には力があった。
その体には間違いなく、偉大な王族であるヴァランサードの血が流れていた。
「私たちは戦います! 今生きている子どもたちを守るために!
私たちは戦います! これから生まれてくる子どもたちを守るために!
私たちは戦います! 子どもが笑顔で生きられる国を守るために!」
「子ども」は人々の感情をゆさぶる最強のパワーワードである。
「おおおおおおおおおっ!!」
聴衆は雄叫びを上げた。
「俺たちは戦う! 子どもたちのために!」
「未来のために!」
「女王陛下のために!」
男も、女も、老人も、この場にいるすべての者たちの心に炎がともっていた。
(勝ったわね)
メアは確信した。民衆が味方についたということは、正義はこちらにあるということだ。
演説の成否は、行動を起こさせることができるかどうかで決まる。
人々は命をかけて反乱軍と戦うだろう。そうなれば諸侯たちも女王に味方するはずだ。
「偉大なるドロン様、私の愛する国民に御加護をお与えください!」
メアは顔を上げ、天に向かって祈りをささげて演説を締めくくった。




