69.ニートの苦悩
メアは残酷な処刑法に苦言を呈しただけの住民5人を、殺してしまったらしい。
それ以前も彼女は、自分の悪口を言った者を法に基づかずに処刑していた。
間違いなく、今後も同じようなことが繰り返されるだろう。
ジェラールたちが死に、もうメアを諫めることができる者がいないからだ。
ユリーナの言う通り、今こそ俺が動くべきかもしれない。
俺が王になろうと思ったのは、不当な扱いに苦しむ弱者を守るためだったのだから。
「この国の王にふさわしいのは、アクセル君だけだと思うんだ」
ユリーナは続けた。「実はここに来る途中で知ったんだけど、カーケンが反乱軍に参加するためにドーンポリスに向かったみたいなんだよ」
「なに? そうなのか?」
「うん。このままカーケンが反乱軍を率いてメアを倒せば、今度は彼女が女王になっちゃうかもね」
それはまずいな。カーケンが女王になれば、邪魔な存在である俺を殺そうとするだろう。
それにあいつはメアに負けないほど暴君の素質がありそうだから、国民はさらに虐げられるに違いない。
どうやら俺は覚悟を決める必要がありそうだ。
というより、自分の気持ちに正直になるべきだ。
俺は隠者よりも、王になりたい。
待っているだけでは王にはなれない。慎重さが必要な時もあるが、動くべき時には動くべきだ。
「うう……」
青ざめた顔のギャザリンが、ふらつきながら戻って来た。
「しっかりしろ、ギャザリン。処刑の話を聞いただけで吐いているようじゃ、戦場で敵と戦うことはできないぞ」
「戦場……?」
「俺の配下として戦うつもりがあるなら、二度と情けない姿を見せるな」
「は、はい! 申し訳ありません!」
ギャザリンはビシッと背筋を伸ばして直立し、深々と頭を下げた。
「ティコ、旅の準備をしてくれ。明日、ここを引き払う」
「わかりました」
「アクセル君、それじゃあ――」
「ああ、その通りだ」
俺はユリーナに向かってうなずいた。「もう隠者はやめだ。俺は王になる」
―――
(ああ、なんでこんなことになったんだろう……)
ニートは自室のベッドの上で布団にくるまり、頭を抱えていた。
毎日のように各地の諸侯が、反乱軍に参加するためにドーンポリスにやってくるのである。
王家に対して反乱を起こすのは勝手だが、何もここを拠点にしなくてもいいだろうと思う。
これではライジング家は無関係です、などと言っても通用するはずがない。それどころか、ニートはベアードと並ぶ反乱の首謀者と思われていた。
「ねえニート、お絵かきしようよ」
「ぐえーっ!」
いきなりマクシムが腹の上に飛び乗ってきたので、ニートは悲鳴を上げた。
「ぐ……絵なんて1人で描いてればいいじゃないか」
「それじゃつまんないもん」
(なんでこの子は僕になついてるんだろう?)
マクシムはドーンポリスに来て以来、なぜかニートの部屋に入り浸っている。
まだ2歳なのに両親を失い、さらには知らない場所に連れて来られてさびしいのかもしれない。
「はあ……わかったよ」
「やったあっ!」
泣き出されたら面倒なので、ニートは相手をしてやることにした。
それから30分ほどマクシムと一緒にお絵かきをしていると、タラサンが部屋に入ってきた。
自分のことをアクセルの家畜だと言っている変な女だ。
ここでは食客の扱いだが、領主の仕事を手伝ったりもしてくれている。
「ニート閣下、グレンヴィル公が800の兵を連れてやってきました」
「また人数が増えたのか……」
「ライジング家の当主として、挨拶をするべきだと思いますが」
「僕はいいよ。ルースに代わりにやってもらって」
ルースはまだ16歳だが、兄のニートとは正反対の社交的な性格だ。彼ならうまく挨拶をしてくれるだろう。
「ではルース君に伝えておきましょう。でもニート閣下も、もっと人々の前に顔を出した方がいいと思いますよ。そうしないと、反乱軍をカーケン殿下に乗っ取られてしまいます」
カーケンも反乱軍に参加するためにここに来ている。彼女はその身分と実績によって、すでに反乱軍の中心的な存在となっていた。
「どうぞどうぞ。反乱軍なんて僕には関係ないから、好きにやってよ」
「ですがカーケン殿下がリーダーになると、あとでアクセル様が来られた時に、ひと悶着あるかもしれません」
「アクセル殿下は来てくれるかなあ」
「きっと来られます。私に会うために」
(来るとしても、そんな理由じゃないと思うけど)
アクセルが女のために戦うとは思えないが、タラサンは背が高くて胸の大きさは控えめ。アクセルの好みのタイプではあった。
(それにしても、このタラサンという人はつかみどころがないなあ)
もちろん悪い人間ではない。彼女は「働くのが大嫌い」と公言しているため、ニートは親近感を抱いていた。
とはいえ、彼とタラサンとでは大きな違いがある。
タラサンは働こうと思えば働くことができるのだ。しかも、かなり有能である。
ニートはそうではない。彼はどう頑張っても働けない。
何かをしようとするたび自分の無能さを痛感するので、恥ずかしくて何もできなくなってしまったのだ。
だから1人でこの部屋に引きこもり続けていた。領主の地位もルースにゆずるつもりだった。
それなのに父が死んだ後、アクセルはニートにライジング家を継がせた。
どうもアクセルはニートのことを過大に評価している気がする。『不敗公』という冗談のような異名をつけたのも彼だ。
アクセルは幼い頃、ニートを兄のように慕っていたことがある。その当時の印象が、今も残っているのかもしれない。
「ねえ、おばちゃんもお絵かきしようよ」
マクシムの無邪気な一言で、部屋の空気が凍り付いた。
「あらマクシム君、言葉を間違っちゃだめですよ。19歳である私が、おばちゃんのはずがないでしょ?」
タラサンはそう言って、ヒラヒラのかわいいドレスを見せつけるように、くるっと一回転した。
しかしマクシムはキョトンとしている。
「じゃあ、おばあちゃん?」
タラサンの背後から、どす黒いオーラが立ち昇った。
「この私のことを……よくもまあ……」
「あ、あの、2歳の子どもの言うことですから……」
なんとかタラサンをなだめようとしていると、
「よう、邪魔するぞ」
カーケンがノックもせずに入ってきた。相変わらずの、大胆なビキニ姿だ。
「あっ、怖いおねえちゃんだ!」
マクシムはおびえてニートの後ろに隠れた。彼にとってカーケンは叔母だが、母親のメリアーヌを殺した仇でもある。
「私がおばちゃんで、実の叔母であるカーケン殿下がおねえちゃんて……」
タラサンは虚ろな目で、何やらぶつぶつ言っている。
カーケンはそんな彼女を無視して、ニートに話しかけてきた。
「おいニート」
「は、はい」
「さっきグレンヴィル公が来て、800の兵が新たに加わった。これで反乱軍の兵力は1万を超えたことになる」
「そうですか」
「そうですか、じゃねえだろうがっ!」
「ヒィッ!」
カーケンが怖いのはニートも同じだ。
彼女はニートの父親である先代ライジング公を暗殺した疑いが濃厚なのだが、とても仇を討とうなどという気にはなれない。
「もう兵力は十分だろう、王都に攻め込むぞ。総司令官はこのアタシ、おまえは副司令官だ。さあ、すぐに準備しろ」
カーケンは有無を言わせぬ口調で言い放った。




