63.火刑
「断る」
アクセルは即答した。
「な、なぜでありますか?」
「俺は隠者だ。隠者に配下など必要ない」
そう言われても、ギャザリンは諦める気にはなれない。なんとしてでもアクセルの近くにいたかった。
「では私を弟子にしていただけませんか? 殿下の強さに少しでも近づきたいのです」
「それも断る。隠者は弟子などとらない」
「では使用人として同居させていただくのでは、どうでしょう?」
「ダメだ。誰かと一緒に暮らす隠者などいない」
「それでは、せ、性奴隷でも構いません」
「出ていけ」
(仕方がない。こうなったら情に訴えよう)
「私は王殺しの罪を着せられ、どこにも行き場がないのです。このままでは追っ手に殺されてしまいます。ここで匿っていただけないでしょうか?」
「ツヤガラス家に保護してもらうといい。御三家に対しては王家も強硬な態度には出られないからな。俺からツヤガラス女公に紹介状を書いてやろう」
「えーと、私はいささか人間不信に陥っておりまして。いくら女公が信用できる方だとしても、他人に自分の命を預ける気にはなれないのです」
「俺だって君にとっては他人だぞ」
「殿下ならば信頼できます。殿下にならば殺されても構いません」
アクセルはイライラしたように髪をかきむしった。
「なぜ話が通じないんだ。俺は隠者だと言ってるだろう。いつかは隠術を使えるようになりたいとも思っている。誰かと一緒に生活していたら、ドロン様は隠術を授けてくださらない」
「ですが殿下は、セイファン殿と一緒に生活しておられるではありませんか」
「セイファンは馬だぞ」
「では私も馬になります」
―――
タラサンやツヤガラス女公もそうだが、俺に好意を抱いてくれる女は、なぜか変な奴ばかりだ。
あのギャザリンとかいう女は、なんと厩舎に住み着いてしまった。セイファンの隣の馬房に大量の藁を持ち込み、勝手にそこを自分の寝床にしてしまったのだ。
食事はどうするつもりかと聞いたら、その辺に生えている草を食うと答えた。頭がおかしい。
俺には彼女を追い出す権利があるはずだ。
だから少し痛い目を見てもらおうと思い、怪我をしない程度に木刀で体を打ちすえてみた。
すると彼女は目を輝かせて「ご指導、ありがとうございます!」と言った。やはり頭がおかしい。
悲惨な境遇の15歳の少女に対して、俺はこれ以上の手荒なことはできそうにない。
本当に草を食っているのが見るに堪えなかったので、やむを得ず食事も分けてやった。
自分の甘さが情けない。
―――
ベアードは王家の一等武官を務める、25歳の青年だ。
武官とは軍事を職掌とする官僚のことで、その最高位の一等武官は、戦争になれば一軍を率いて戦うことになる。
戦場で死ぬことは、武官にとって誉れと言えよう。
(だが、あのような死に方は認められるものではない)
ここは王都クラムセルの城下の広場。
ベアードの見つめる先では、先輩の一等武官であるウィルフレッドが、全身を柱に縛り付けられて立たされていた。その足元には薪の山が積み重ねられている。
彼はこれから火刑に処される。
その罪状は、女王の悪口を言ったことだ。酒場でメアのことを「娼婦の娘」と言ったのを、親衛隊の隊員に聞かれてしまったのだ。
確かによくない言葉だったが、死刑は行き過ぎだ。
しかも火刑などという残酷な処刑法は、この国では前例がない。
「この差別主義者め!」
「早く火をつけろ!」
ベアードの周りにいる見物人たちが、ウィルフレッドを罵倒した。笑顔を浮かべている者さえいる。
(大衆はここまで残酷だったのか)
公開処刑に反対する者もいるはずだが、そんな人間はわざわざ見に来ようとしないのだろう。
優しい少女だと思われていたメアは、意外にも残酷な一面を持っていた。
それでもメアを支持する者が多数派だった。民衆は平民出身の女王に対し、親近感を抱いているのかもしれない。
即位後、王都の住民に一律500ドラールの金を支給したのも人気の理由だろう。実にわかりやすい人気取り政策だ。
そのための財源として、貴族や富裕層の財産を強制的に徴収している。これにも庶民は快哉を叫んだ。
もちろん貴族や富裕層はたまったものではない。一時的に庶民の懐が潤ったとしても、長期的に見れば経済に悪影響を及ぼすはずだ。
実際、最大手の商業組織であるカースレイド商会は王家を見限ったのか、資産のほとんどをライジング公領に移してしまった。
(こんな無法なことをしていたら、ヴァランサード王家はメアの代で終わってしまうかもしれない)
ベアードはメアに目を向けた。
今は母親のローザと並んで、特別観覧席で処刑を見物している。その屈託のない笑顔は、残酷な刑罰を命じた者とは思えないほどに愛らしい。
彼女の周りには親衛隊員たちの姿もある。親衛隊は女王の警備が任務だが、女王に叛意を抱く者を積極的に排除してもいた。
「最後に何か言いたいことはある?」
メアは火刑台に拘束された男に問いかけた。
「地獄に落ちろ」
ウィルフレッドは不敵に言い返した。
「ふふっ。その言葉、そっくりそのまま返すわ」
メアが合図をすると、薄汚いローブ姿の女が火刑台の前へと進み出た。
メアの伯母であり、ローザの姉であるネキだ。
「おおっ、隠者様だ!」
「なんと尊い御姿かしら!」
ネキの登場に、民衆が歓声を上げた。
(どこが尊い姿なのだろうか?)
ベアードには理解できない。
ネキの醜い顔は、誰もが美女と認めるローザにはまったく似ていない。
ひどい猫背で表情もとぼしく、35歳なのにまるで老婆のようだ。
だがネキは隠者としてはかなりの大物だ。
火刑のような残酷な刑罰を導入したことに対して民衆が納得しているのは、ネキが執行者であることが大きな理由だろう。
隠者という存在は、それだけ敬意を抱かれているのだ。もちろん今は元隠者だが。
ネキは薪の山に向かって手をかざした。
彼女が隠術を使うには身振り手振りが必要なようだ。エロイほどの熟練者ではないということか。
とはいえ、その威力は絶大だ。ネキの手から大きな炎が放出され、あっという間に薪の山が燃え上がった。
「ぐっ……」
ウィルフレッドの顔が苦悶にゆがんだ。
火刑はあらゆる処刑法の中でも、とりわけ苦痛が大きい。見物人の多くも、さすがに目をそむけている。
(とても見てはいられない)
ベアードは人の群れをかき分け、刑場の背後にある丘の上へと移動した。
ここにも黒山の人だかりができていたが、「どけ!」と一喝すると、人々はあわてて場所を空けた。
それから背負っていた弓に矢をつがえると、誰もがあわてた様子で離れていった。ベアードの意図を察し、関わり合いになることを避けたのだろう。
処刑の妨害をすれば、当然罪に問われる。だが、自分のやろうとしていることが間違っているとは思わない。
(せめてこれ以上苦しまぬよう、私の手で――)
ベアードは火刑台に向けて矢を放った。
矢は狙いたがわず、ウィルフレッドの額をつらぬいた。
ベアードは『39.救助活動』にちょっとだけ出ていた人です。




