58.火の隠者
俺は俗世を離れたとはいえ、さすがにこれほどの大事件を聞き流すことはできない。
「それで、親父はいったい誰に殺されたんだ?」
俺は隊長を問いただした。
「ギャザリンとかいう名の、15歳の小娘です。ベッドで寝ていた王の胸を、ナイフでめった刺しにしたそうです」
「何者だ、そいつは?」
「メア陛下の従者だった女です。以前はローザ王太后が経営する娼館にいたとか」
「ローザが王太后? かつて娼婦だった女が王太后になったのか?」
王太后には、親父の正妻だったベアトリスがなるのが筋だと思うが。
「ローザ様は新女王の実母ですからね。もちろんベアトリス様は反対しましたし、ジェラール殿下やモイゲン宰相も、ローザ様の素行を理由に反対したようですが、メア陛下が押し切ったようです」
「その面々に反対されて、よく押し切れたな。メアには後ろ盾がないはずだが」
「メア陛下は優しくて親しみやすい人柄のために、多くの家臣の支持を得ているようです。また、シャコガイ家出身の元奴隷たちを直属の配下にもしています。その者たちを中心に親衛隊という組織をつくり、自身の警護をさせているとか」
「なるほど、忠実な配下が多くいるならば、メアも孤独ではないだろうな。立派な女王になってほしいものだ」
と、当たり障りのないことを言ったものの、内心はメアがうらやましくてならない。俺がいくらがんばっても手に入れられなかったものを、あっさりと手に入れたのだから。
王殺しの犯人はメアの従者だったという。なんとなくあやしいと感じてしまうのは、俺の嫉妬心ゆえだろうか。
「自分の従者が犯人と知り、メアはショックを受けただろうな」
俺はそれとなく探りを入れてみた。
「はい。ギャザリンはメア陛下にとって従者であると同時に、親友でもあったそうですから、心を痛めておいででしょう」
「そいつはどんな理由があって王を殺したんだ?」
「ギャザリンの父親はエルドール王に謀反の疑いをかけられて処刑されています。ですが彼女は父親が無実だと信じており、エルドール王を恨んでいたようです」
「なるほど、父親の仇だったのか。それなら動機として納得できる」
メアが王殺しに関係していると考えるのは、やはり邪推だろうな。
「それで、そのギャザリンという女はどうなった? もう処刑されたのか?」
「それが……エルドール王を殺した後、窓から飛び降りて逃げたようです。まだ捕まったという話は聞いていません」
「窓から? 親父の部屋は4階だぞ」
「下の植え込みの上に落ちて助かったようです」
「ずいぶん無茶をするな」
「はい、死ななかったのは運がよかったとしか言いようがありません。メア陛下はすぐにギャザリンを指名手配し、大規模な捜索隊を出しました。捕まるのは時間の問題でしょう」
それにしても、メアが女王か。あのオドオドした妹が人に命令する立場になったとは、どうも想像できないな。
「メアはいきなり女王になって、とまどっているだろう。実際の政務はモイゲンやエロイ殿が担当することになるのかな?」
「いえ、エロイ様は王都を去り、隠遁生活に戻られました」
「え? また隠者に戻ったのか?」
「あの方はエルドール王の側近でした。その王が死んだからには、もう王都にいる意味はありません」
「なるほど、言われてみればその通りだ。隠者が俗世で権力を握っていることが、元々不自然なことだったんだ」
そう思ったが、隊長は意外なことを言った。
「ところが、エロイ様と入れ替わるようにして、別の隠者が王都にやってきたようです」
「なんだと? 何者だ、そいつは?」
「ローザ様の姉君で、ネキという名の隠者です。ネキ様は16年も隠遁生活を送っていたそうですが、ローザ様に請われて隠者をやめ、新女王の配下になりました」
「16年も。それはすごいな」
エロイとは比べ物にならないが、かなり大物の隠者といえる。
「ネキ様はもちろん隠術も使えるそうです。火を自由に操ることができるとか」
「火か……それは怖いな」
エロイの隠術は水を出したり、火を出したり、風を起こしたり、雷を落としたり、なんでもありだった。
火しか使えないとすれば物足りないようにも思えるが、エロイと比べるのが間違っているのだ。
火の隠術は戦闘で大きな力を発揮するだろう。敵に回したくはないものだ。
「新女王にとって、隠者が味方になってくれるのは心強いことでしょうね。もっとも、ネキ様は政治に口を出すことはないそうです。メア陛下は自ら政治を行うようです」
「そうなのか」
政治経験のない15歳の少女が親政を行うのか。大丈夫だろうか。
隠者になった俺には関係ないことなのだが、やはり気になる。
―――
メアが戴冠式を終えてから、3週間が経っている。
アクセルの心配とは裏腹に、彼女は女王となったことに、とまどってなどいなかった。
(私はもう、誰からも見下されることはないわ。あの高慢な王族たちよりも偉くなったんだから)
メアは玉座に深く腰を下ろし、アルゴール王国を統べる地位を得た喜びに浸っていた。
その服装は女王にふさわしく、宝石で飾り付けられた純白のドレスだ。そして頭には黄金のティアラが輝く。娼婦の娘だったころの面影はない。
メアは隣に立っているローザに話しかけた。
「お母さま、伯母さまは今日も部屋にこもってるの?」
伯母というのはローザの姉のネキのことだ。16年も孤独な隠棲を続けていた女だが、ローザに頼まれて隠者をやめ、メアの治世に協力するために王都に来てくれたのだ。
「ええ、姉さんは独りでいるのが好きだから、用がない限りは部屋から出てこないの」
ローザは答えた。「でも仕事はちゃんとするから心配はいらないわ。無駄に人と交わることが嫌いなだけなのよ」
「隠者ならそれでいいけど、ここにいるならみんなと仲良くすればいいのに」
メアが初めてネキに会ったときは、ローザの姉とは思えないくらい不器量なことに驚いた。身だしなみにはまったく無頓着なようで、ボロのような衣服を身に着け、髪も乱れ放題だった。
特に閉口したのは、体から悪臭がただよっていたことだ。まだ35歳だというのに、自分が女であることを忘れてしまっているようだ。
「私はもっと伯母さまと交流を深めておきたいなあ。一度部屋を訪ねてみてもいい?」
「やめた方がいいわ。引きこもり気質の人間は、他人が自分の部屋に入ることを嫌がるのよ。それがたとえ家族であってもね」
(さすがは元隠者ね)
「頼めば仕事はしてくれるんだよね? じゃあ伯母さまに、ギャザリンを見つけて殺してくれるように頼んでもいい?」
ギャザリンは4階から飛び降りたにもかかわらず、死ななかった。それどころかすぐに起き上がり、逃げ去ってしまった。
あわてて城門を封鎖したが、時すでに遅く、もう王都を脱出してしまったようだ。
彼女はメアが王殺しの真犯人であることを知っているので、一刻も早く殺さねばならない。
「それはもう頼んだわ。でも姉さんの隠術は火を操ることしかできないから、逃亡者の捜索には役に立たないみたいなの」
「元隠者も案外使えないなあ。あのエロイって人は、なんでもできそうだったけど」
「300年以上も生きてる化け物とは比較できないわ」
「じゃあ、人間を焼き殺すことはできる?」
「もちろんよ。だれか焼き殺したい奴がいるの?」
「うん。私を娼婦の娘とバカにしてた奴らを火刑にしたいの」
メアは無邪気な笑顔を浮かべて言った。「焼死はあらゆる死に方の中でも、もっとも苦痛が大きいと聞いたことがあるから、楽しみね」




