44.母思いは八難隠す
ルシアの罪は問わず、彼女の身柄はレイスが預かるという。
納得のいかない俺は、レイスの部屋を訪れた。
「失礼します」
そう言って部屋に入ると、先客がいた。
「なんだ、おまえも来やがったか」
カーケンが振り返ってこちらを見た。
レイスは机にひじをついて座っていて、その後ろに用心棒のブラッドが控えている。カーケンは彼らと向かい合うように立っていた。
「レイス兄さんに言いたいことがあるんです」
俺はカーケンの隣に移動し、レイスに話しかけた。
「わかっている」
レイスは椅子の背もたれに体を預けてから答えた。「ルシアは処刑するべきだと言うんだろ? カーケンも同じことを言っている」
なるほど、カーケンも俺と同じ理由でここに来たのか。
「誰よりもルシアを憎むべきレイス兄さんが、なぜ彼女を処刑しないんですか?」
「上に立つ人間は、憎しみの感情によって人を殺すべきではないと思うが」
「それはその通りです。人を処刑するならば法にのっとって行うべきです。そして人を殺した者は殺されるというのが、この国の慣習法です」
「そうだな。法にのっとるならば、ルシアは死刑が妥当だろう」
「だったらなんで兄さんは、慣習法を無視して勝手にルシアを許そうとするんですか?」
「法にのっとることは理想だが、王権は法律よりも優先されるというのが現実だ。だからこそ歴代の王は、恣意的に人を殺したり許したりしてきた。それもまた慣習だ」
「でも今は、王である父上が意識不明です」
「そうだ。だから私が父上に代わってルシアを裁くことにした。これはエロイ殿の許可も得ている」
今のレイスからはまったく感情がうかがえないな。葬儀で泣き崩れたのが嘘のようだ。
「ごちゃごちゃ言ってるが、おまえがルシアを許すのは、今後もシャコガイ家を味方につけておきたいからだろうが! おまえは法律よりも自分の都合を優先したんだ!」
カーケンが机をバンとたたいて問いつめた。
「そのとおりだ」
レイスははっきりと認めた。「もちろん許すといっても、さすがに無罪放免というわけにはいかない。ルシアは私の管理下で軟禁状態に置くつもりだ」
「軟禁? 奴隷として労働はさせねえのか?」
「ルシアはもう奴隷ではない。確かにツヤガラス女公が言ったように、彼女の誇りを奪ったのは私の失策だ。だからこれからは貴人として扱うことにした。
シャコガイ公は私に心から感謝するだろう。そして娘が犯した罪に対して大きな負い目を感じるだろう。今後シャコガイ家は、私に逆らうことはできなくなった」
「ちっ、そこまでして王になりてえのか」
カーケンは大きく舌打ちをした。「おまえに同情したアタシがバカだったぜ。昨日の号泣は嘘だったのか?」
「もちろん嘘だ。なかなか迫真の演技だったろう?」
あっさりと言うので、俺もカーケンもポカンと口を開けた。
あれが演技だっただと?
「ひょっとして、応接室でヒルダ様が息を引き取った直後に号泣したのも嘘だったのですか?」
「いや、あれは本当に悲しくて泣いていた。だが昨日の葬儀で説教中に取り乱したのは演技だ」
「なぜ、そんなことをしたんですか! 俺は本気でレイス兄さんに同情していたのに!」
「おまえたちでさえ私に同情したぐらいだから、他の奴らはなおさらだろうな。態度を決めかねていた諸侯は国王選挙で私に同情票を入れるし、民衆は私が王になることを支持するようになるだろう」
「…………」
「…………」
「私はツヤガラス女公に言われなくとも、自分が冷酷で、無神経で、人に好かれない人間であることを知っている」
俺もカーケンも言葉を発せないでいる中、レイスは続けた。
「だが『母思いは八難隠す』ということわざを知っているか? 母親に対して深い愛情を示す人間には、誰もが好意的な感情を抱くものだ。冷酷だと思われていた人間がそんな姿を見せれば、特に印象が強くなる」
確かにこの国にはそんなことわざがある。
実際、昨日のことでみんなレイスに好感を持ったし、特に世の母親たちは感動しただろう。
「本当に母思いな人間なら、母を殺した人間を許さないでしょう。兄さんがルシアを許したことを知れば、皆は失望するのでは?」
「いいや、人間は信じたくない事柄に触れた場合、都合よく解釈するものだ。
『高潔なヒルダ様はかたき討ちなど望んでいない』『シャコガイ家の謀反を防ぐためにルシアを許さざるを得ないレイス殿下は、本当にかわいそうだ』『恨みを押し殺して寛大な処分を下すレイス殿下は、まさに王の器の持ち主だ』
人々はそのように解釈するだろう」
「人々はそんなに都合のよい解釈をしてくれるでしょうか?」
「するさ。なぜならドロン教の僧侶たちが、そのように説いて聞かせるからだ」
「兄さんは枢機卿の地位を利用して、僧侶たちに指令を出したってことですか。世論を誘導するために」
「そのとおりだ」
人の心を支配するには、宗教がもっとも有効な手段ということか。
それにしても母親が殺されるという不幸な事件を、自分が王になるために利用するとは……怖ろしい人だ。
「この冷血漢が!」
カーケンは怒声を上げた。「よーくわかったぜ、おまえだけは王にするわけにはいかねえってことがな! アタシはおまえのやり方は認めねえっ!」
カーケンは俺たちに背を向け、足音荒く部屋を出て行った。
「やれやれ、感情が豊かなことだ。私と血がつながっているとは信じられないな」
レイスはメガネを直しながら、淡々と言った。「アクセル、おまえも私のやり方は認められないか?」
「俺は……わかりません」
俺は、自分にないものを持っている人間には敬意を抱くという性質がある。
もし母上が殺されたら、俺は殺した人間を絶対に許せないだろう。
だからこそ、俺にはできないことをやってしまえるレイスに対して、憧れに似た感情を抱いてしまうのかもしれない。
「ただ、1つだけ言っておきます」
俺はきっぱりと言った。
「あなたには、絶対に負けません」




