最終話.アクセルの王国
王城が崩れているため、俺の戴冠式は王城前の広場で行った。
戴冠式には各国の元首たち、そしてすべての諸侯が参列した。
ドロン教会からは教皇が直々にやってきた。俺の即位を祝うためというより、救世主ドロンに謁見したかったのだろう。
俺の頭に王冠を載せる役は、タラサンがやってくれた。これで俺の王権はドロンによって認められた形になる。
俺とタラサンの結婚式を行うのは、新しい王城が完成してからだ。
タラサンが力を使えば早く城を建てることが可能だろうが、神の子の力を使うことは極力避けるべきだ。これから彼女は人間として生きていくのだから。
「力は使わないので、新しい玉座は私に作らせてください。ヴァランサード王家の象徴である、シジミの貝殻を模したデザインにしようと思います」
タラサンはそんなことを言った。
いったいどんな玉座になるのか想像がつかないが、任せることにした。彼女が自ら働く意思を示したことは、尊重したい。
王になった俺は、まず人事に手をつけた。
宰相は引き続きマリーズに任せることにした。
元娼婦という経歴を気にする者もいたが、彼女ならそんな奴らを黙らせるような働きをしてくれるだろう。
反乱軍を結成する功績を挙げたベアードには領地を与え、新たな諸侯とした。
王家は優秀な軍人を1人失うことになるが、ギデオンのような実績のある武官が残っているので問題はない。
軍の総司令官にはカーケンが立候補してきたが、俺としてはまだあいつを全面的に信用することはできない。
そこでニートを王都に招聘し、総司令官を任せることにした。ライジング家の領主の仕事は、弟のルースが代行すればいいだろう。
謙虚なニートは固辞したが、俺は有無を言わせず任命した。
カーケンは副司令官だ。自分が一番でないと気が済まない奴なので断るかと思ったが、ニートの部下になるなら構わないそうだ。
諸侯たちは、俺が王でいる間は忠実な臣下であり続けてくれると確信している。
特にツヤガラス女公との友好関係は、終生変わらないだろう。彼女にも良い伴侶が見つかればいいのだが、右と左がいるうちは難しいかもしれない。
レイスはドロン教会の枢機卿として、ルシアやブラッドと共に王都で活動する。
レイスの冷酷さは、俺は嫌いではない。味方になれば、これほど頼もしい人間はいないのだ。
2歳のマクシムは俺が責任をもって面倒を見るつもりだが、母上も彼の教育に協力してくれることになった。
母上はまだ若いので、俺が再婚相手を探してみようかとも思っている。
ギャザリンは親衛隊長に任命した。親衛隊の本来の任務は王の護衛だが、俺に護衛は不要なので、王都の治安維持を任せようと思っている。
狂った槍エクスターミネーターは、レイスから正式に譲り受けたらしい。
ユリーナとの約束通り、俺は彼女を王家の御用商人とした。
俺にとって親友と呼べるのは、ユリーナだけだ。これからもティコを連れて、ふらっとカースレイド商会の本社を訪れることがあるだろう。
ティコは15歳になったので、正式に家臣として取り立てようと思ったのだが、本人は「15歳はまだ子どもだ」と主張し、今も俺の従者をやっている。
どうやらタラサンを王妃に迎えた後も、ずっと俺のそばにいるつもりのようだ。
一人前の大人として扱われることを望んでいたはずなのに、よくわからない奴だ。
今はティコと2人で王都の城下を散策中だ。正体がバレないよう、互いにフードで顔を隠している。
「アクセル様、わざわざ身分を隠さなくてもいいんじゃないですか? セイファンに乗って威風堂々と進む王の姿を見れば、きっとみんな喜びますよ」
「王に会うと、みんな地面にひざまずいてしまうだろ? 俺はありのままの住民たちの姿を見たいんだ」
「なるほど、確かにそうですね。こまったことに、最近は僕に対してもひざまずく住民がいるんですよ。いつもアクセル様と一緒にいるから、偉いと思われてるんでしょうか?」
「ひざまずかせておけばいいじゃないか」
「僕はそんなことで喜ぶ人間にはなりたくないです。他人の権威を笠に着て威張ってる奴を見ると、絞め殺したくなります」
「ぐむむ」
「もちろんアクセル様のことじゃないですよ。まあ確かに救世主ドロンの権威を笠に着てますが」
「俺はタラサンの権威を利用するつもりはない。彼女は俺の妻になるんだから、今後は神の子ではなく人間として――」
「あ、他人の権威を笠に着て威張ってる奴がいました」
ティコが前方を指差した。立派な馬に乗った貴族らしき男が、家来たちを従えてこちらに向かってくる。
「あれはラムセス卿の長男のクリスです」
「そんな下級貴族の息子の名前なんて、よく知ってるな」
「僕の『絞め殺したいリスト』に入ってるんですよ。というか、アクセル様はあいつの顔面を蹴り上げてたじゃないですか。忘れたんですか?」
そういえば、そんなことがあったか。親父が倒れたという報告を受けたのは、その後だったな。
「ああ、思い出した。確かあいつは『刺し殺したいリスト』に入ってたんじゃなかったか?」
「その後クリスにはさらに下劣な言動があったので、ランクアップしたんです」
「なぜ刺し殺すよりも、絞め殺す方がランクが上なんだ?」
「武器を使うよりも、この手で相手の体に触れていた方が、命の火が消える瞬間を体感できるじゃないですか」
やはりこいつは、俺の目の届くところに置いておかないと危険だ。
「この下郎がっ! 私の前を横切るとは無礼な奴めっ!」
「ひいっ!」
大声がしたので何事かと思えば、どうやら杖をついた老人がクリスの馬の前を横切ったようだ。
クリスは激高し、老人に対して鞭を振り上げようとしている。
「ちっ、またか」
「待ってください」
老人を助けるために飛び出そうとした俺を、ティコが止めた。
「なぜ止める?」
「ありのままの住民の姿を見たいんでしょ? おもしろいものが見られますよ」
ティコに言われた通りに見ていると、老人の周りにぞろぞろと人が集まってきた。
「ちょっとアンタ、その鞭をどうしようってんだい!」
中年の女が、クリスと老人の間に割って入った。
「そんなつまらねえことで怒るたあ、ケツの穴の小せえ野郎だな!」
若い男も女に加勢した。
「な!? き、貴様ら、この私に対しそんな暴言を吐いて、許されると思っているのか!」
「てめえなんか知るか! ここはアクセル陛下が治める王都だぞ! 老人に暴力を振るうような下劣な人間は、ペインラヴァーで殴られて死んじまえ!」
「そうだ! そうだ!」
「偉そうに馬になんか乗りやがって!」
「俺は戦場で戦ったことがあるんだ! ふんぞり返ってるだけの貴族なんか怖くないぞ!」
誰一人、クリスを怖れる様子がない。
「あなたはアクセル陛下の演説を聞かなかったのですか? 貴族と平民が手を取り合うことが、陛下の夢なのですよ」
「文句があるなら、これから陛下に会いに行こうじゃねえか。陛下なら適切な裁定を下してくださるはずだ」
住民たちに責め立てられ、クリスは悔しそうに黙り込む。その後家来にうながされ、逃げるように去っていった。
ティコはどうだと言わんばかりに、俺に顔を向けた。
「王都の住民も成長してるんです。あの時のアクセル様の演説は、充分な効果があったようですよ」
「なるほどな」
弱い者が虐げられる腐った国は、少しはまともな国になりつつあるようだ。
「さあ、そろそろ行きましょう」
「そうだな。次は王城の建設現場を見に行くか」
俺は気勢を上げる住民たちの声を背に、新しい王城に向かって歩き出した。
これにて完結です。
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