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優はユリアから元の世界へ帰れないと伝えられ、うずくまっていた。元の世界に帰れないこと自体はへのショックはそれほど大きくはなかった。しかし、それほど大きなショックを受けなかったこと自体違和感があり、加えて元の世界のことが思い出せないことが優の不安感を煽っていた。ともすれば自身が何者であるのかすら見失いそうで、今後どうやって生きていけば良いかも分からなかった。幸いユリアは衣食住を保証してくれるようだが、猫の体では人として生きていくことは出来ない。しかしだからと言って猫として動物のように生きるのか?考えても考えても答えは出ない。優はその日、一日中毛布を頭からかぶり、虚無感を感じながらうずくまり続けた。
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翌朝優が目を覚ますと、ユリアは何やら身支度をしていた。優の目の前には食事が用意されている。寝ている間にユリアが用意したようだ。空腹を感じた優は何となしに食事に口を付ける。何かの肉料理のようだ。猫のエサみたいな食事を出されなかったことに少し安堵しつつユリアの様子を眺める。ユリアは口元が隠れるハイネックのロングコートのような黒い服を身に纏っていた。みすぼらしくはないが、服の汚れ具合から使い古されていることが分かる。その服は独特の威圧感と気品を放っていた。ユリアは身支度を終えると優に話しかける。
「今から深界へ探索に行く。ついてくるか?」
優は少し悩んだが、このまま部屋にいても気が沈むだけだと思い、また、深界に少し興味もあったためついて行くことにした。
優はユリアの後を追って外へ出る。優のいた小屋は森の中にあった。そのまま1人と1匹は森を後にした。
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少し歩いたのちに優は街に来ていた。どうやら深界に潜るにはあらかじめこの街で申請をする必要があるようだ。
優は街並みを眺めながらユリアの後を歩く。
「(やはり地球じゃないんだな。石と木で造られた家ばかりだ。見たこともないような物も売ってる。)」
そんなことを思いながら歩いていると、猫という生き物が珍しいのだろうか、街をいきかう人々の視線が優に集まっていた。
優は少し不安を覚えユリアの足元にくっついて歩く。
少し進むとユリアは一軒の建物に入ってゆく。
「(猫の姿で入って大丈夫か?)」
少し躊躇するも置いていかれまいと建物に入る。中には窓口がいくつか併設されている。どうやらここで申請を行うようだ。優はユリアの申請手続きが終わるのを部屋の隅で待っていた。別の窓口にいる受付嬢が不思議そうに優の方を眺めている。優は気づかないフリをして部屋の中を見渡す。部屋の中は閑散としていた。受付とその向こうに何人かの姿が見えるが、利用者は今のところユリアしか見当たらない。
「(なんか思ってたのと違うな、建物自体も小さめの郵便局窓口くらいの大きさだし、クエストボードみたいな物はあるけど、人も居ないし、もっと賑わっているかと思ってた。)」
少ししたのちに申請が終わったらしい。優はユリアの後を追って建物から出た。
「にゃにゃ?(深界ってどこにあるんです?)」
優はユリアに質問する。しかしユリアは質問には答えず静かに優を抱き抱えた。
「(会話ができる遺物を今使ってないのかな?)」
「(いや、使っている。<二つ目の口>は会話対象の指定が難しいから特定の相手に思念を伝えたいときは体を密着させた方がやりやすいんだ。深界は森の向こうだな、一度来た道を引き返す必要がある。)」
ユリアの思念が伝わってくる。周りの人の様子からして確かに優にしか伝わってないらしい。
「(それにしても、伝えようとしてないこともやっぱり読み取れちゃうんですね。)」
道中であれこれ考えていたことが筒抜けだったと思うと少し恥ずかしくなったが、確認の意味も込めて遺物の性能についてユリアに質問する。
「(考えてることを読み取らせないように意識している相手の思念は読み取れない。私に聞かれたくないことがあったら気をつけてくれ。)」
ユリアの発言を受けて優は少し安堵する。
「(遺物ってのは便利そうだけど、誰彼構わず周りの思念が分かったら疲れそうだな。)」
優はそんなことを思ったのち、ユリアの顔をチラリと見る。
どうやら今の思念は読み取られてないらしい。
そのまま優はユリアに抱き抱えられて街を後にした。