そこのけそこのけ
掲示板前の集まりから離れたわたしは、街の中でもひときわ高いところにある教会の前まで走ってきていた。
教会に用事があるわけではなく、見晴らしのいいこの場所を目指したわたしは、たどり着いた高台から街の広場の方を見下ろして、未だに人だかりが無くなっていないことを確認すると大きく息を吐いた。
「冒険者、か……」
それなりの使命感と覚悟を持ってわたしもジョブを手にしたはず、なんだけどな。
その結果、あの人だかりの中心には勇敢な冒険者がいて、こんなところまで逃げるように走ってきたのは冒険者未満のテイマー。
やわらかな風が、走ってきたわたしの横顔をなでる。
「……」
眩しい銀色のフルプレートメイルが眩しかった。憧れた冒険者の姿がそこにはあった。
「早く、旅立たないかなあ」
そんな冒険者は何人も見てきたし、今さら特に思うこともない。ただ、あの注目をかっさらって邪魔していた状況が居心地悪かったためにこんなところまで来たのだけど……わたしの用事は彼らがいた広場の掲示板なんだよね。
こうして高いところから見渡せば、もしかしたらわたしの住んでいた街が見えるのかもと期待したものの、平原に森林、湖こそ見えはしたけどその向こうまでは見えそうになく、スライムから無茶苦茶に逃げ回ってきたわたしには帰り道はさっぱり分からない。
「はあ……」
自宅のある街ならともかく、この街で宿屋生活をし続けるには手持ちが心許ない。道草どころか道端の雑草を食べるなんてことにならないうちに、なるべく早く帰りたいものだと思いながら人だかりを見下ろして過ごした。
「それで、ここに来たってわけか」
「だって宿は出たあとだし、行くところも特にないから……」
そうしてわたしが次に訪れたのは、昨夜に拾い物を売り払った武器屋さん。
「ぜんぜん終わらないんだもん」
「まあ、魔獣にはここらも迷惑してるんだ。冒険者がやってくれるってならみんな興奮くらいするわな」
「せめて他所でやればいいのに──」
店のおじさんが開店準備をしている最中に上がり込んだけども、邪険にされることはなく店内に誘われておしゃべりに興じている。
もちろんタダということはなくって──。
「そいつはもう少し右に……そう、その辺でな」
「キズだらけだよこれ」
「お前さんが暴れたせいだろうがよ」
「……そうでした」
昨夜にわたしがひっくり返した店内の片付けに使われている。
一番被害の大きな商品たちは修理するために奥の作業場へと移動されていたらしい。その他は大した被害もないとばかり思っていたけど、こうして見るとそれも勘定のうちに入ってたんだなと改めて迷惑をかけた事を知る。
「服の着心地はどうよ?」
「いいですよー。鎖って言ってもあんまり違和感ないものね」
「そりゃ俺が丹精込めて編み込んだやつだからな」
「普通の服より少し重いかなってくらい。よく売れるんじゃないですか?」
「ばか言え。そんな細けえ作業……俺の暇つぶしの趣味で1年以上かけた一点ものだぞ」
「ひっ……」
店のおじさんは鎖と言ってるけども、そのサイズはとても小さい。キーホルダーの留め具ほどのサイズの鎖を手づくりして組み合わせた生地は布より当然強く、少し重いものの、セーターよりも薄い。
「テイマーさんが自警団で活躍する分には十分だろうよ。そういやあ、そのテイマーってのは何が出来るんだ?」
冒険者が言えばそれは無能さを問われているわけだけど、一般の人が言えば単純な疑問だ。だからわたしも別に気にせず答える。
「テイマーは魔物をテイムします。調教っていうのか……実際はスキルの効果で魔物を混乱させて同士討ちさせたり、一瞬だけ動きを止めたりが関の山なんですけどね」
「なるほど、強いってのとは少し違うんだな」
わたしの陳列が気に入らないのか、気づけばおじさんも崩れた商品を並べる作業に手を出している。
「でも凄い人は一度に何匹も止めてみせたりするんですよ。あとわたしにも出来るのはテイムした魔物の情報が分かる“スキャン”てのが──」
「うん? どうした?」
「奥っ、失礼しますっ」
会話の途中で窓の外をみて固まったわたしを店のおじさんが気にかけてくるけど、返事も聞かずわたしはカウンターを飛び越えて奥の作業場まで駆け込み、姿を隠した。
「なんだありゃ……おや、いらっしゃい」
わたしが消えた作業場を見ていた店のおじさんだけど、扉を開けて入ってきた客に気づき、わたしのことは後にして接客に移ってくれたみたい。ひとまずはここでやり過ごそう、そうしよう。
なんで、なんでここに来たんだろう……。
冷静に考えて隠れる必要はなかった。わたしが窓の外に見たのは人だかりの中心にいた冒険者たち──聖騎士と賢者のふたりだった。もうひとりいた重騎士は別行動みたい。
さっさと行けば良かったのに。ああ、準備とかもあるのか。それでお店が始まる時間まであそこで……。
息を潜め様子を窺う。勢いで隠れてしまったものの、どうにか外に出れるなら出たいと思い見渡す。作業場には窓がはまっているものの、半分も開かない造りらしく残念なことに裏口なんかもない。裏口がないと不便だと思うってあとで言っとこ。
そうなると仕方ない……帰るまで待つかなぁ。
諦めたわたしが視線を座った床の先に向けると、そこに水溜まりがあった。
何かをこぼしたあとなのかと思って見ていたけど、薄暗い作業場とはいえ妙なことに気づく。
色が、オレンジ色? なんで?
⭐︎⭐︎⭐︎
「ああ、あんたらが魔獣退治してくれるっていう──」
「もうそんなに知られてますか」
「あたいらも有名人だねー」
俺は訪れた客がさっきの嬢ちゃんに聞かされた冒険者たちだと会話の中で知る。
だからこそ、嬢ちゃんが素早く隠れた理由にも思い当たり勝手に入ったことは怒らないでやろうと店の奥に視線をやって……だけども。
「なんだ、ありゃあ……」
「うん? どうかしたのか店主」
驚きに目を見開いた俺の呟きを拾った聖騎士の男が店の奥を振り返ったとき、そこには鮮やかな橙色の壁が広がり、嬢ちゃんがカウンターを乗り越えるところだった。
「どいてっ、どいてえっ」
聖騎士を押しのけ、俺を突き飛ばして嬢ちゃんは扉を開けて店の外へと出て広場の方に走って行く。
「──っ、このっ」
謎の壁はその見た目に水のようで、嬢ちゃんを追いかけるように動く壁か波のようだ。
それがカウンターをまたいで来たところで聖騎士の男が剣の柄に手をかけても間に合わない。迎撃むなしく液体の通り道にいた聖騎士は取り込まれ、賢者が助けようと遅れて構えたが、液体は聖騎士を仕留めることなく店外へ出て少女の追走を再開した。
「なんだったんだ、あれは……」
「スライム? にしてもあれは──」
「リーダーっ」
「ん? ああっ!」
嬢ちゃんを追いかけるようにオレンジ色の液体が通過したあとに残ったのは、布ひとつ身につけていない聖騎士の姿だった。




