しつこい臭いに付加価値を
「武器をってのは、剣とか槍とかのことじゃなくて、戦える術ってのを指してんだわな」
わたしがこの鎧と大剣がいかに身の丈に合わない装備なのかを、売りはらう理由を見せようと口にした言葉は、その意味からして間違っていた。
「魔王が現れていくつかの街で被害が出だしたころに国王が用意したっていう祭壇で、人間たちはジョブってのを手にすることが出来るようになった。つまりはそのジョブこそが戦うための武器ってことでな」
わたしが分かりやすく勘違いしていたのは、冒険者を募る貼り紙に書かれてあった文言のせいだって武器屋のおじさんは言う。かつての国王の演説にあったその言葉を、わたしに限らず魔王誕生の頃にまだ幼かったひとたちなどは大体勘違いして覚えているし、それで誰が困ることもないので訂正されることもなく現在も使われているんだとか。
わたしはおじさんの了解をもらって武器屋の奥にある洗い場を借りて体を洗ってすっかり綺麗になっている。もちろんおじさんがいま鎧を洗っている作業場の水道だし、洗剤も鎧を洗っているものと同じだけど臭いままよりはずっといい。
頭を拭くわたしに話しかけながらもおじさんは鎧を洗う手を止めない。けどたまに鎧の匂いを嗅いで顔をしかめるのはやめてほしい。湖の魚のにおいだけど、ちょっとショックだから。
露出狂だなんて言われたわたしは、革鎧を床に置いたままにしておじさんから受け取ったTシャツと紺のオーバーオールにブーツという、この店の見習いの恰好をしている。
乾きかけの髪をいじりながら、少しずつ三つ編みに編んでいく。
「それで嬢ちゃんの武器はテイマーだってか……」
「なんで分かったの⁉︎」
わたしはまだ教えてないのになんで分かるのかと思ったけど、取れない鎧の臭いに顔をしかめたおじさんが指をさした先にはわたしの鞭がある。
「あ、あ〜なるほど」
「ジョブ専用武器防具ってのは色々あるが、その手の鞭はテイマーだけに授けられるものだからな」
わたしは納得しながら、おじさんの「授けられる」という言葉に首を傾げる。
「みんな何かしらもらうんでしょ?」
わたしはテイマー以外のジョブを見出されたひとたちも同様に祭壇で専用の武器を渡されているのを見ている。そしてそのひとたちも慣れた頃に新しい武器を買うのだから、わたしの感覚としては入門用にもらっただけなんだけど。
「この店にはな、いや──どこの武器屋にだって剣も槍も斧だって弓だってあるが、鞭ってのは……まあ、どこにもないはずだぜ」
「……」
言われてわたしは自分が散らかした店内に戻り物色するけど、確かにただのひとつも鞭を見つけることはなかった。
「その鞭は国王お抱えの職人だけが作れるらしい。テイマーのスキルを扱うのに丁度いい最適解で最終形態。何故だか分かるか……?」
「ううん」
鎧のひとつから臭いが消えたらしく次のを手にしてまたも顔を顰めたおじさんに、わたしは傷つきながらも首を振って答える。
「誰も、実用段階までたどり着いた者がいないんだよ、テイマーってのは。猿回しみてえに魔物に自由に命令出来るならまだしも、良くて矛先を変えるだけ。大抵は少しの混乱を与えるだけでしかないジョブは、役に立たねえって気づいてみんな辞めちまう。獣相手にサポート役が関の山なんてジョブの武器は、それ以上を求めれる場面まで至らないんだよ」
いつしか、わたしの髪の毛を編む手はとまり、合わない洗剤で洗われた栗色の髪が、指に引っかかりながらほどけて、落ちた。
「それで、だ。この鎧の買取金額だが……こんなもんでどうだ?」
「ふおおおおっ」
われながら現金なものだと思う。おおよそわたしが10年は節約に節約を重ねても手に入らないような金額を提示されて、さっきまでの憂いはどこかへと飛んで消えて行った。
「こんなにっ……いいんですか⁉︎」
「こっちこそ、よく俺の店に持ってきてくれたって礼を言いたいくらいだ」
「お礼なんていいんです。それよりも本当にこんな……っ」
わたしからしたら死にかけた先で拾った小遣い稼ぎの落とし物でしかない。それがまさに一攫千金と言わんばかりの大金が、おじさんの手によって紙の上とはいえ示されたのだから。
「ああっ……こんなにあったら、わたしもう働かなくていいかもっ。ううん、この辺にお家を建てて気まぐれに生きるのもいいかも。朝は目覚ましもかけずに起きたい時に起きて、お昼には人気のレストランで美味しいランチを食べて……そうね、おやつにはカフェで優雅に──」
まあ、いくら大金とはいえ遊んで暮らせるほどではないんだけどね。装備なんて魔王討伐という命懸けの旅に確実性と可能性を求める猛者が命には代えられないと貯蓄した稼ぎをつぎ込む消耗品でしかないのだから。
そんなわたしに、おじさんはまだ勘定の続きがあるんだって言って紙にペンを走らせる。
「たいそうな夢見てるところ悪いんだけどよ……その床をぶち抜いた大剣は相当な業物らしくってな……うちの商品が無茶苦茶でよ」
「……」
おじさんはそう前置きして、見える範囲の被害を指折り数えながら紙に書き足していく。
「修理も馬鹿になんねえんだ。床だけじゃなく、傷ついた商品も、な」
「……ひぃ」
ある鎧などは背中のところがぱっくりと裂けていたりする。わたしは持つことが難しく倒れただけだというのに。
「鎧の頑丈さも、たいしたもんだよ」
「……あぅぅ」
ある盾などは、守りのための板として分厚く鎧などよりも高い防御力を誇るというのに、わたしが拾った鎧を着た状態で上から倒れただけで陥没している。重さに耐えかねて崩れ落ちただけだというのに。
「修理だけでざっと……」
「そんなことならっ、買い取りますよっ。他所でまとめて鉄屑にして買い取ってもらってきますから──」
「修理じゃなく買取となるとさすがに嬢ちゃんの懐から追加してくれねえと足りねえな。修理してどうにかやりくりするからこの金額で収まるってのに」
「きゅ〜……」
そうして削られた金額は、わたしの夢など知ったことかといった感じでスリムになって、見習い用オーバーオール(誰かのお古っぽいのにきちんとお金を取られた)といくらかの、それでも決して少なくはないお金に変わった。
「あの、わたしの革鎧も売りますので、どうか……」
「金属でもない革についたあの臭いで商品になるものか……いや、いっそマニアックな客でもつかまえて……嬢ちゃん、ちょっと写真の一枚でも撮って──」
「やっぱりナシでっ! これはわたしの愛用の、その、大事な防具なのでっ」
そしてオーバーオールの上から生乾きの臭い革鎧を着てみたものの、絶望的にコーディネートとして合わないために、おじさんおすすめの鎖を編み込んだというインナーを買って手持ちのお金をさらにシェイプアップさせたわたしであった。