出来ることはただひとつ
「お、鹿がいるな……どうだ? あいつは獣か、それとも魔物か?」
「うーん……魔力反応なし。獣だね」
「放っておいても害はないが、鹿肉はご無沙汰だからな」
「じゃあワシがここから──よっと」
自警団のみんなは数十メートルさきに見つけた鹿を持ち帰るために魔道具で魔物かどうかを判断してから、弓が得意な者がふたり同時に射かけて仕留めた。
わたしを含めて6人いれば、どうにか持ち帰ることも出来るだろうということと、街で買うことも出来るけど決して安くは無い肉を持ち帰って売れば臨時収入になるから、余力があるときはこうして狩りもする。
害獣駆除も兼ねていて、本業が疎かにならない範囲で推奨されてもいる正当な小遣い稼ぎだという。
おじさんたちの放った矢は、狙い違わず鹿を仕留めてはいたけど即死とはいかず、随分ともがいた様子があった。
辺りに撒き散らされた血は魔物を誘き寄せるかも知れない。おじさんたちもその様子を見て口数が少なくなり、自然と辺りを警戒し始める。
「……今日の仕事は充分だ。担いで帰ろう」
リーダー格の槍の男の人が仲間に声をかけて作業を急がせる。近くの木から太い枝をナタで切り取り、荷物の中から麻紐を取り出して脚を縛れば、男の人ふたりずつで交代しながら街へと運べる。
わたしに関しては別の働きを期待されてもいるため、こういった場面では数にいれられない。
そして、懸念していたものとは少し違ったけど、わたしの仕事が現れた。
ジョブ持ちは魔物相手にその働きを期待される。
魔王討伐のためにこそ役に立たないわたしでも、自警団が活動する範囲の魔物相手なら役に立つ、はず。
「──ありゃスライムか? この辺りには珍しいが……やれそうか?」
「任せて。その間に出来るだけ……」
「分かってる。すぐに追いかけてこいよ」
これから帰ろうかという矢先に、わたしたちは茂みの中に赤色で半透明の小さな山を目にした。不定形で液体のようにゆらゆらと揺れる魔物は、獲物を丸呑みにして溶かしてしまう特殊な魔物。
せめて動物の形なら魔物相手でも戦えるかもしれないけど、弱点らしい弱点もなく、大量の火で焼き尽くしてやっと倒せる魔物を相手に、自警団のおじさんたちの槍と弓ではどうしようもない。
そんな魔物相手にわたしはひとり、武器を手に前に出る。
自警団のおじさんたちはスライムとわたしを交互に見ながらジリジリと後退りしながら、その時を待っている。
(わたしには、これくらいしか出来ない。だからこそ、これくらいのことはやらなきゃ)
腰にさげた武器を、伸ばせば2メートルになる鞭を地面に打ち付けて威嚇する。
特殊な編み方をされたこの鞭は、そのジョブがもつスキルを使い振ることでさらに長さを増して、離れたスライムを強烈に打ち付けた。
(よしっ、狙い通りっ)
「今だっ、走れ!」
そしてその時こそが合図。
テイマーのわたしが魔物に鞭を命中させたとき、時間の長さに違いはあれど、その動きを止める。
(ベテランのテイマーがやれば一時的にでもその行動を自分の制御下において操れるらしいけど……わたしにはその素質がない。出来るのは、この短時間の足止めだけ)
斬ろうが突こうが倒せないスライムでも、当たり判定は存在する。
感触は変だけど確かに触れることは出来る。わたしの鞭はスライムに当たり、ジョブ特有のスキルがスライムを硬直させた。
(“テイム”。ベテランなら魔物を操って同士討ちを狙ったり出来るらしいけど、わたしには無理だった。けどスキルが発動した瞬間だけは、その動きを止められる)
その硬直の間にスキル“テイム”の正否が判定されているらしい。そしてわたしに限らずテイマーのほとんどが同様の役立たず。いっときでも動きが止まればチャンスが生まれて魔物を仕留められる、というほど魔物相手の戦いは簡単ではないし、対魔族戦では全く意味がない。
硬直は1分かもしれないし1秒かもしれない。熟練度によるとはいえ、あてにするには危険すぎる博打。
だからこそこの世界でわたしは、ではなくテイマーは役立たずだとされ、街の自警団で足止め役をするのがせいぜいなのよね。犬のしつけのように魔物もしつけられたら無敵のジョブなのに、現実はそう甘くはないらしい。
スライムが震える。鞭の衝撃に全身を波立たせているらしいけど、わたしもスライムを相手にしたのは初めてだからそれが何なのかは分からない。
けどわたしもこの瞬間に逃げなければ、2度目は効き目がもっと薄くなる。
回れ右をして駆け出そうと視線を逸らしたとき、ふと自分に覆いかぶさる影に気付いて振り返ってしまい、今度はわたしが硬直した。
半透明の体を薄く伸ばしたスライムがわたしを包み込んでしまった。てか食べられた⁉︎
「うぶっ──!」
無我夢中だった。
全身にボディスーツみたいに纏わりついたスライムを、わたしごとその鞭で打ち付ければ再度のテイム判定が入って、ほんの僅かのあいだだけスライムを硬直させる。
そうしてから手足を振り体をよじって拘束から逃れる事に成功し、辺りも確認することなく走り出した。自警団が逃げたのとは真逆の街から離れる向きになったけど、いまはそんなことは関係ない。
むしろそれがある意味で今のわたしにとっては正解なのだから。
全力で走りだしたわたしの肌を風が撫でていく。ピカピカ装備の革鎧部分は一部だけなんだけど、他の露出部分はインナーを着込んであって風を直接感じたりすることはなかなかない。
「こんな、こんな恰好で帰れないよぉっ──!」
わたしはいまや上等な革鎧以外の薄手のインナーの上も下もをスライムに溶かされた半裸状態で、顔を真っ赤にして草原を駆けていた。