名もなき戦士の指輪
なァ、兄弟。
おりゃァ、あと何人殺したら、褒美を授けられるんだろうか。
金やら銀なんて、贅沢は言わねェ。
だいぶくたびれちまったブーツをよ。
両足揃ってるヤツと履き替えてェんだ。
靴は大事だろ?
ドコに行くンでもよ、靴は大事だ。
さっき、いいのを見っけたんだけどさァ。
片足分しかねェんだ、コレが。
もう一本の足、ドコに転がってンのかね?
それとも片足でまだ、しぶとく戦ってやがんのか?
うーん。
さすがにそれはねェよな。
片腕ならともかく、片足じゃァさ。
踏ん張れねェだろがよ。
はァ。
戦が終われば好きなだけ穫ればいい?
まァ、そうだな。
だけどさァ。
見ろよ、コレ。
ほれ、コレだよ、コレ。
おりゃァ、もう疲れたよ。
足が上がらねェんだ。
こうも死体ばっかり転がっちゃァな。
足場がわりィったらねェよ。
けつまづいてコケたら、まっぷたつにカチ割られた、どこかの誰かサンとキスでもしかねねェ。
ゲロゲロ。
想像するだに気色わりィ。
ああ、そうだな。
女。女だ。
元気が出てくるじゃねェか。
わかってンな、兄弟。
売り飛ばす前に、イッパツやれたらいいなァ。
そうだろ、兄弟。
だけど売りモンにするんだ。
傷はつけねェでオレたちだけで輪姦そうぜ。
オイオイ、そりゃダメよ。
何人も相手させちゃァ、死んじまうかもしれねェだろうがよ。
大事に抱いてやんなきゃ。
女には優しく、優しくってな。
ちゃァんと生娘ですッて言い張れるようにな。
傷はつけちゃなんねェよ。
うん、まァ。
奴隷女に生娘もクソもねェか。
しかしなァ。
やっぱりその前に死んじまいそうだな。
ん?
女がじゃなくて、オレたちがよ。
なァ、王はさ。
どれくらい勇猛に戦えば、過去の英雄達の中、オレの名も隣りに並べてくれると思うかい。
巻物の一端にさ。
オレの名が載るんだよ――ハハハ。
わかってらァ。
そんなに気前いいわきゃぁねェよな。
お頭でさえ、有象無象に埋もれるンだろうさ。
つーか、頭ァどこ行った?
あ?
敵さんの首落としてる?
そんじゃァ、もう終わりかァ。
長かったなァ。
ああ、チキショウ。
眠くなってきちまった。
なァ、兄弟。
オレの左腕、どっかに転がってるはずだからさ。
戦が終わったら拾っておいてくれよ。
中指に指輪してンのさ。
ソイツをさ、届けてくれよ。
誰にってそりゃァお前、アイツに決まってンだろが。
村でオレの帰りを待ってるはずなんだ。
ああ、わかってる、わかってらァ。
もうとっくに所帯でも持っただろうさ。
それでもいいんだ。
それでいいんだよ。
オレたちゃ、戦場でしか生きてけねェんだ。
死んじまうのがわかりきってンのに、嫁になれたァ、さすがのオレだって遠慮してやったさ。
どうぞどうぞ。
万が一にも、アイツが独りだったら。
兄弟、お前がもらってやってくれよ。
まさかアイツが、敵さんに連れられっちまってなければさ。
オレらの留守を狙って、村が襲われてなきゃァいいよなァ。
だってさァ、オレたちゃ、いったいなんのために戦ってンだかなァ。
クソ、もう目が開かねェや。
おい、約束しろよ。
オレの左腕、見つけてくれよ。
なァ兄弟。
ご先祖サマから受け継いだ、大事な指輪なんだよ……。
◆■
むせ返るような濃い血の匂い。あたり一面に散らばる千切れた四肢、胴体、首。
肘から上のない手首をカラスがつついている。
「おら! 退け!」
男が手を払うと、バサバサと羽音を立ててカラスが飛び立つ。
黒い羽根が男の頬に貼り付き、男は嫌そうに顔を歪めた。
「ったく。抜け目がねェったら。お前らのために戦ったんじゃねェっての」
血糊がベッタリとこびりついた羽根を指でつまんで弾き飛ばし、男がツバを吐き棄てる。
似たような背格好の血塗れの男が、相手の愚痴に頷いた。
「まったくだぜ。ひかりモンと見ちゃァ、死体漁りやがって。坊主どもよりガメついカラスだ」
「坊主なんか可愛いもんさ。オレらのケツの毛まで抜いてくのは、決まって女だよ」
「ハッ。そりゃお前、嫁なんかもらうからワリィんだ。女なんか、溜まったときに相手してやりゃ十分さ」
「なァに言ってやがる。そんなこっちゃ、子孫が残せねェだろがよ」
「くだらねェ。アチコチばら撒いときゃ、どれか一つは生まれてくるさ」
「いやいや。こちとら父ちゃんですよーッ! って、息子に武勇伝聞かせて尊敬させンのがたまらねェんだよ。こうやってお宝探ししてさ、見っけた宝飾品なんかを家宝にしちゃってさ。『おい、これは我が家に代々受け継がれた、ナンチャラカンチャラなんだぞ』ってやるんだよ」
「アホか。てめェ。武勇伝も家宝もクソもあるかよ。コレ見てみろ」
呆れ顔で男が指差す先に視線をやると、相手の男は「あちゃァ」と額に手を当てた。
「あ~あ。さっきのカラスかァ」
「アイツも不運だったなァ。戦も終わりってときに胸を刺されっちまってよ」
「まったくだ。オマケに指輪もカラスに盗られたんじゃァ、浮かばれねェなァ」
ため息交じりにそう言うと、男は切断された手首を拾った。
「まァ、アイツの言う『ご先祖サマから受け継いだ』っつーのが、どこまでホントだかは知らねェけど」
「あ。ソレはウソ。アイツ、この前の戦で売り払った奴隷から取り上げてたもん、指輪」
「あー、つまり村に残してきた女にカッコつけたかっただけかァ」
「そゆこと」
「未練たらしいねェ。女なんか、相手が死んじまえば、一晩泣いちゃァ、ケロッと、すーぐ他の男に股ァ開くのになァ」
「そう言ってやるなって。指輪一つ分、女の心に残りたかったンだろうさ」
「ロマンチストやね」
「男はみんなそうだろ」
「はーァあ。しゃァねェなァ。ロマンチスト君のためにも、適当な指輪を探してやるかァ」
「あと靴もネ。旅立ちに靴は揃えてやろうぜ。アイツ、気にしてたからさ」
ははは、と笑い合い、男達は死体を踏み荒らしながら、死した友の元へと戻っていく。
●▲
曇天の中を飛び続けたカラスが、やせ細った枝の上で羽を休めていた。
「カラスがいる」
「石、ぶつけてやろうか」
「せぇので、投げよう!」
子供たちが一斉に石を投げつける。
てんでバラバラの放物線を描く石つぶては、カラスにかすりもしなかった。
だが、カラスは慌ただしく飛び立つ。
不満げに一鳴き。
耳障りな羽音と、枝の擦れ合う乾いた音。糞が落とされたのか、ぽとりと軽い落下音。
「当たんなかったね」
「パチンコがあればなぁ」
「パチンコなー。それもいいけどさ。オレさ、父ちゃんから今度、弓教えてもらうんだー!」
「えっ! パチンコじゃなくて?」
「ばぁーッか! パチンコなもんかよ。本物の弓だぜ!」
「いいなー」
「へっへ。だろう? 弓覚えたらさぁ、戦場連れてってもらえっかなぁ」
「いいなーいいなー! オレも早く戦いたい!」
「まぁ、敵を撃つ前に、ウサギ狩るのが先だけどな」
「ウサギかー。鹿にしとけよ。そうしたらオレ、槍で突いてやるからさ」
「槍な。うんうん、槍も扱えなくっちゃ、戦士とは言えないよな」
「あとは剣! やっぱり剣は特別カッコいいもん」
手を大きく振り回し、興奮した様子で森を去っていく子供たち。
しばらくすると、奴隷女が姿を現した。
川へ水を汲みに来た帰り。奴隷女は肩にかけていた水甕を地に置いた。
草の間で、何かがきらりと光ったのが、目に入ったのだ。
しゃがみ込んで、光の元を手で探る。
あかぎれと鞭打ちの痕と割れた爪。
荒れきった指先に触れたのは、一つの指輪。
「あら、これって……」
奴隷女は素早くあたりを見渡す。
誰もいないことを確認すると、奴隷女は髪を結いていた紐を解いた。
途端に髪が広がる。傷んでゴワゴワの赤毛。
奴隷女は指輪に紐を通し、それを首から下げた。胸元にしまい込む。
広がった髪は、ちぎった長い草でくくり直した。
「まさか戻ってくるなんて。神様はアタシをお見捨てじゃなかったんだわ」
奴隷女はみすぼらしい服の上から、指輪へとそっと手を添える。
口元をゆるめ、奴隷女は微笑むと、再び水甕を担ぎ、主の元へと歩を進めていった。
奴隷女が去った後、一羽のカラスが戻ってきて、ぐるりと旋回する。
地面ぎりぎりまで滑空し、羽が草の先端に触れると、大きく羽ばたき、カラスは飛び去った。