#2
調査開始です!!
3.
深夜0時。陽子は一人、例の踏切に来ていた。周囲には人っ子一人居らず、静まり返っている。元が人通りが少なく陰気な場所だが、この時間帯は特に不気味な雰囲気だ。
陽子はゆっくりと踏切に近づくと、辺りを見回した。今のところ、何の気配も感じない。
思えばこの小さな町に踏切は多くなく、その中の一つであるここが心霊現象の現場になっている事に、苦笑した。
この町に住んで大分経つが、自殺の名所なんて噂は聞かなかった。
それがどうして、いきなり飛び込みたくなる人が続出しているのか。
はたまた、踏みとどまっているだけで、実は意外と多くの人が、ここを死に場所にしようと思った事が有るのか、それは分からない。
皆それぞれ必死に生きてるのね、と物思いに耽っていると、心なしか肌寒くなってきた。
今は春、夜もそこまで寒くは無い。だが先程は少し肌寒く感じる程度だった気温が、はっきりと身震いするほどになってきた。
いつものパターンに、陽子は身構えた。
遂にお出ましだ…。
「…いいわ、聞いてあげるわ…。」
陽子が静かに呟くと、風がピタッと止み、微かに声が聞こえてきた。男の声だ。
『…ます…。がいします…。』
まだ、はっきりとは聞こえてこない。
「聞こえないわ。はっきりしてくれないと、どうしようもないわ。」
陽子は誰も居ない空間に向かって言った。すると今度は、はっきりと聞こえた。
『…お願いします…。助けて、下さい…。』
陽子はその声に答える様に、再び静かに言った。
「私には貴方の声が聞こえるし、姿も見える。良かったら、顔を見て話をしたいわ。」
するとその言葉に反応したかのように、何も無かった空間に、徐々に男の姿が浮かび上がってきた。歳の頃、40代前半といったところだ。
「初めまして。私、芦田陽子。貴方達のような人と話をするのが仕事なの。」
『…。本当に、私が見えているんですか…?声も…?』
「ええ。貴方、おいくつ?40代かしら?」
陽子が尋ねると、ようやくその男の霊は自分の存在を感知していると信じたようで、陽子の目を見て訴えかけてきた。
『助けてください。お願いします。やっとだ…。やっと、この時が来た…。』
男は安堵したような表情で懇願してきた。
「ずっと、待っていたのね。こんな、寂しい場所で…。」
陽子の優しい声に、男は涙を滲ませ、頷いた。
『…私は、馬鹿です。絶対にしてはいけない事を、してしまった…。』
その言葉に、陽子は眉を動かし、尋ねた。
「…貴方はここで、自ら、命を絶った…。そうね?」
『…はい。もう、3年になります…。私がここで、自分の過ちを悔やみ始めてから…。』
そう言われた陽子は、ふと、その辺りに 自営業の中年男性が自殺をした、という記事を地元の新聞で読んだ事を思い出した。
「経営が行き詰って…だったかしら?」
『…ええ。私はこの町で、定食屋を営んでいました。昔から好きだった料理で店を持て、贅沢は出来ませんでしたが、満足していました…。』
その後の展開は決まり切ったかのような転落、不況の煽りやライバル施設の進出により、店をたたむこととなったのだ…。
『どうしようもない状況に、まさかこの自分が追い込まれるなんて。きっと、耐え抜いて、店を盛り返してやると、思っていました。』
しかし力を注げば注ぐほど、無駄に労力ばかりかかって赤字になる始末。家族から見ても、店がもう立て直せない事は明白だった。
彼は高校を卒業してすぐ料理の道へ進み、たたき上げで料理の腕を磨いた。
念願の店を持てたのは30代になってからだった。
それから小さいながらも自らの城で満足のいく料理を馴染みの客に振舞っていたが、一人、又一人…と客足が途絶え、店には閑古鳥が鳴くようになった。
『ある日、ふ、と、思ったんです。俺は、何をしてるんだろう…と。』
陽子は押し黙ったまま只聞きに入っていた。
『家族を養えず、店を潰しかけ、妻をパートに出させ、娘には、アルバイトで生活費を稼がせ…。俺は、本当に、何をしているんだろう…?もう、何をしているのか、何がしたいのか、分からなくなっていました。』
男は目を虚ろにしながらなおも話し続ける。
『俺のしたい事は、俺の夢だった事は、家族を苦しめているだけなんじゃないか…。
疲れ切っていました。資金繰り、方々に頭を下げ客の入らない店を保っていく事に。
けれども、それまでの人生、それに割いてきました。他に、何ができるんだろう…。』
男は嗚咽を上げ始めた。
『そんな時、昔馴染みのお客さんに会ったんです。』
夜の暗さは一段と深まる。
『やつれていたけど、その人でした。彼は、最近、客が入って無いようだが、大丈夫か、と聞いてきました。疲れた笑顔、まさにそれでした。きっと、私も同じように笑っていたでしょう。カラ元気、って言うんですか。妙に色々気を使ってくれて。あんたの飯は、最高だ、って。世界一、なんて言ってくれて。最近、来られずに済まない、とも。』
疲れきっているのに妙に開放感を内在したその表情。
もう、何の重荷も背負ってないような、そんな表情。
「…。」
『次の日、知りました。彼、飛び下りました。会社の屋上から。昼休みが終わっても戻ってこないので、同僚が捜しに行ったら、外が、大騒ぎになっていて、彼が、彼が…居たそうです。』
男は激しく嗚咽する。
『ふっきれてしまいました。何もかも、出来ない。ドロップアウトしました。その話を聞いてふらふら店に戻ろうとしたのか、でも、俺はこの踏切で、終わらせてしまいました。』
客は、リストラが決まっていた。家族も家のローンも、まだまだ。働き盛りだった。
二人は押し黙った。そのまま、一時の沈黙が流れた。
4.
「話は分かったわ。境遇には同情するけれど、だからと言って道連れを募るのは感心しないわね。」
そう言った陽子に、目を丸くして彼は答えた。
「道連れ…ですか?」
その反応に、陽子の脳裏には二つの可能性が浮かんだ。
一つ目は、彼が無意識に道連れを行っているパターン。
そして、二つ目は別の悪質な霊が行っている説。
陽子は試すことにした。
今までの通常の感度の霊感よりも更に感度を高めるスイッチをオンにした。
強力な霊は、時に自身の痕跡を霊能者に悟られないように上手くけすことが出来るのだ。
ただしこの能力は諸刃の剣となりかねない為、通所使わないようにしているのだが…。
周囲の気温がさらに下がる。
彼は不思議そうに陽子を見つめるも、じきに震えだした。
何者かのうめき声が聞こえてきたのだ。
「うあぁぁああああ…、お前、何者だ…!!」
そう声が聞こえるや否や、姿を現したのは何ともみすぼらしい見てくれの、ホームレスのような初老の男の霊だった。
「あなたね。彼や他の自殺者をこの線路に誘い出して一線を越えさせているのは。」
そう言った陽子の声にこたえた彼の声は、ひどくしゃがれていた。
「はは、だったら何だ?法律なんてない。俺はもう、死んでいるんだからな。」
「月並みだけど、一応聞くわ。何故、こんな事をしているのかしら。そのいい方からして、まさか寂しくてお仲間が欲しかったわけじゃないでしょうし。」
そう言った陽子の言葉に大笑いしながら、悪霊男は答えた。
「まさか。これは、社会へのささやかな復讐さ。俺という人間の人生から、ことごとく何もかもを奪っていった社会へのな。歪んだ社会で疲れ切って死にたい奴なんてごまんと居るさ。その背中を俺は押してやってんのさ。理不尽極まりない不公平なこの世に、生きる価値なんて無いからな。」
歪んだ思想を得意げに語る悪霊男に、陽子は淡々と返した。
「とんだメシア症候群ね。それでヒーローにでもなったつもり?自分が人々を救ってやってる、とでも思ってるのかしら。痛々しいわね。」
そう言った陽子に、悪霊男は血相を変えて今にも襲いかからんばかりの勢いでこちらを睨みつけた。
「一度レールからずり落ちると二度と這い上がれないこの社会に必要なのは、救いだろう。きっと、あんたのような女には分かりっこない気分で人生を歩んでいる人間の気持ちを、あんたは考えたことあるか?無いよなぁ?微塵も興味なさそうな、すました面しやがって。自分が良ければそれでいいのか?傲慢な自称勝ち組共の割を食ってるのは、俺らみたいな連中なのさ。」
そう言った男の虚ろな目の奥には、少しばかりの悲しみが見て取れた。
次回、悪霊と化した男の人生に迫ります。