幕間⑪燻る火種(王太子sideA)
誕生式典当日の夜、自室で着替え終えた私は人払いをした後、ドサリとその身をソファへ投げ出した。
脳裏には、数ヶ月ぶりに再会したかつての婚約者の姿が浮かび上がる。
婚約中はおどおどと、媚びるような眼差しでこちらを窺っていたエリザベス。罪人として貶め、化け物を宛がって晒し者にしてやったと言うのに、堂々とした立ち振る舞いで、主役の私を差し置いて婚約者共々パーティー参加者の注目を攫っていってしまった。
今まで見せた事のない、全てから解放されたような生き生きとした表情。そこには、以前の惨めな姿は欠片もなかった。
『アステル様の婚約者になれた事を感謝しております』
『アステル様はわたくしにとって、素晴らしい婚約者です』
「くそっ」
心底幸せそうな声を思い出し、思わず毒づく。未だ容疑も晴れていないくせして、何故そんな顔ができる? まさか、本気でアステル=ディアンジュールに惚れたとでも?
(あり得ない、あんな吐き気のする醜い化け物を……私への当てつけで強がっているに決まっている!)
苛立ちと共に溜息を吐き出した私はソファから身を起こし、離宮にある秘密の部屋へと赴いた。一年前、異世界からラクを召喚し、その後も同志たちと会合を重ねてきた場所だ。
部屋の隅には、神殿から回収してきた鎧一式が無造作に放り込まれた箱が数個置かれている。エリザベスがラクを襲撃した証拠品ではあるけれど、犯人の手がかりが見つからないとして未だ返却できずにいた。
ラクはあの日、これを着た数十名の不審者から襲われた際に逃げていくプラチナブロンドの髪の女を見たという。私とて、それがエリザベスだなんて本気で思っているわけじゃない。あいつには大人数の協力者など、用意できるはずもない。ろくに友人もおらず、使用人からもバカにされるほどだったと、ジュリアンも言っていた。
それに王家の婚約者は自由に出入りできるとは言え、神殿側はそれを記録し報告する義務がある。もしも神殿が共犯として事実を隠蔽しているのならば王家に罰せられるリスクがある……可能性は高いが。
とは言え、真実などこの際どうだっていいのだ。神託によって私を縛り付ける神殿も公爵家も、王家でさえも引っ繰り返してやるためには、誰かの思惑すら利用してやる。
エリザベスは、そのために実に都合のいい駒になってくれるだろう。父上は、息子の婚約者が罪人となる事に何の関心も示さず、ただ周囲に押し切られるままに淡々と裁きを下した。神託を妄信して己を捨てた女には未だ囚われているのに……いや、その女しか目に入らないからこそ、娘は他人としか見られないのか? あいつは髪はともかく、それ以外は父親似だからな。
(私は、父上のようにはならない)
エリザベス……この国に蔓延る悪魔の教えを一掃するために、新しい力をもって貴様を婚約者と実家ごと潰してやる。せいぜい化け物と共に束の間の平穏を夢見てるんだな。




