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ご機嫌斜め

 放課後、ラク様と別れたあたしは図書館に向かった。昼食は彼女と同席するため、アステル様との待ち合わせはこの時間に変更せざるを得なかったのだ。


 秘密の部屋ではアステル様が既にいて、何かを書き付けている。いつも通りの牛のような素顔を見るとホッとしてしまうのは、婚約者としていいのか悪いのか。


「お待たせいたしました」

「いや……どうかしたのか?」


 戸惑ったような声に、こちらも首を傾げたくなる。アステル様は何故か言いにくそうに頬を掻いた。


「勘違いかもしれないけど、何となく機嫌が悪いような気がしたから。何か問題でもあったのか? それとも……僕が気に障るような事をしてしまったのだろうか」


 内心を見透かされたようで、ギクッと体が強張った。アステル様の方は、心底あたしを心配している様子で、だからこそ居たたまれなくなる。何でもない、と笑おうとした顔が引き攣ってしまい、彼の耳がへにょんと垂れる。う……これは誤魔化せそうもない。


 あたしが打ち明けるのを待っている様子に、覚悟を決めて洗いざらい心の内を吐露するしかなかった。


「アステル様が、何かお考えがあるのは分かっているんです。それがあたしのためでもある事も……」

「うん……?」

「ラク様は、アステル様がお優しい方だとおっしゃっていました」

「まあ、味方だとは思って欲しいな」


 そのつもりだったと言われ、心をチクッと刺されるような痛みを感じる。否定して欲しいだなんて、勝手だ。


「その事は、嬉しくもあったんです。アステル様は本当に、本当に優しくて……あたしもそれに救われましたから、良さが分かってもらえたんだって。ただ、同時に……あたし一人の秘密でありたかった」

「……え」


 目を丸くするアステル様の反応を見ていられなくて、俯いてしまう。恥ずかしい……自分の汚さ、醜さを曝け出して、嫌われてしまうのが怖い。


「アステル様とラク様が異世界の言葉で楽しそうに会話している時も、分からないあたしだけが置いてきぼりにされた気がして……寂しくて、勝手に拗ねていたんです。本当に、ごめんなさい」


 そのまま勢いで頭を下げ、床とにらめっこするあたし。内心のもやもやを言葉にして吐き出すと、改めて身勝手さを突き付けられて嫌になる。アステル様は、呆れてしまっただろうか。「楽しそう」なんて、完全にあたしの主観なのに……


「ふ、ふふ……っ」


 落ち込んでいるあたしの頭上に、妙な息遣いが聞こえてくる。そろっと顔を上げると、アステル様が手で顔を覆ってプルプル震えていた。指の隙間から覗く肌が赤く染まっていて……笑って、いる?


「な、何かおかしい事を言ってしまいましたか?」

「ちが……ごめん、君をバカにしたくて笑っているんじゃないんだ。気を、わるくしないで……」

「はあ……」


 やっぱり笑ってたんだ……でも、アステル様のツボに嵌まるような事なんて、本当に心当たりがない。仕方なく彼の震えが治まるのを待った。



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