実験クラブ
次の日、あたしはテセウス殿下から呼び出された。あの後、お昼をご一緒して帰ったのは護衛から聞いているはずなのだけれど。忘れ物のふりをして事件現場の検証をしていた事も、口止めをしていたおかげかラク様は話していないようだ。
実際の用件は、それとは別の頼み事だった。
「クラブ活動? ラク様がですか?」
「ああ。昨日、入部したい所があると言われてな」
王族は特定のクラブには所属できない。そして、彼らの婚約者もまた将来の王家の一員という扱いだ。なので『エリザベス』だった頃はもちろん、婚約破棄された今でも何となくクラブ活動に関しては決めかねていた。
「よろしいのですか? ラク様は、その……」
まだ正式ではないけれど、そのうち婚約発表があると思われていた。が、入部するとなると、少なくとも婚約は来年以降になってしまうのではないだろうか。
あたしの疑問に、テセウス殿下は若干眉間に皺を寄せながら溜息を吐く。
「『ショーユ』を作りたいのだそうだ」
「ショーユ??」
聞けば、異世界の調味料だそうで、正確な製法は分からないものの、色々試して作ってみたいと。それなら調理クラブかと思いきや、意外にも実験クラブだった。
調理クラブは決められたレシピしか使えず、さらに学園祭前で申請した事以外に時間を割く余裕がない。その点、実験クラブの申請は毎年シンプルに『各実験に関するプレゼンと実演』という非常に曖昧なもので、そこをこじつけによるゴリ押しで捩じ込むつもりらしい。
まあ、確かに興味深そうではあるけれど……
ちなみに城の厨房を個人的に使わせてもらえないかという提案ができないのは、あたしの時に判明している。一度覗いてみたけれど、あそこは素人が踏み込めない戦場だったわ。ちょっと息抜きのつもりで借りて、邪魔をしていい場所じゃない。
「よろしいんじゃないでしょうか。ラク様にとっても、いい思い出になるかと」
「それなんだが……部員を確認したところ、数日前からディアンジュール伯爵が入部していたらしく」
えっ、アステル様が!?
あの御方は一応王族の血を引いてはいるが、貴族なので普通にクラブ活動もできるけども。何を思ってそんな所に、しかもラク様の前になんて……ん、ラク様の前??
「あいつはエリザベスの現婚約者でもあるし、近付けさせたくはないからダメだと言ったんだが。そうしたら、ボーデン男爵令嬢と一緒ならいいかと許可を求めてきてな」
「え……あたしですか!?」
すっかり気に入られてしまっている。そりゃあ、ラク様の同性の友達と言えば、あたしくらいしかいないけど。リューネは演劇部だし……
何だかおかしな事になってるわね。ラク様が『ショーユ』を作りたくて実験クラブに入ろうとしたら、既にそこにはアステル様がいて。彼と近付けさせないために、あたしが一緒に入部する事になるなんて。
(ひょっとして、神殿で交わされた異世界の言語での会話……あの時にアステル様はラク様に何かを指示されたのかもしれない。このクラブ活動も考えあっての事なんだろうけど……テセウス殿下の口から伝えられるまで、除け者にされたみたいでちょっと……やだな)
「ラクがエリザベスの企みに巻き込まれないよう、君がそばで見張っていてくれないか」
そのエリザベス本人に頼むテセウス殿下……物凄くシュールな光景だ。だけどあたしは何食わぬ顔で、別人としてそれを承諾しなければならない。
「ところで、今までラク様がこのようなご要望をされた事は……」
「ない。君に異世界の食べ物を聞かれた日から、もう一度食べたくて仕方がないんだそうだ。説明をもとに再現しようとしているんだが……何か違うらしくて、それなら自分で作りたいと。
……まあ、要するに君の責任でもある。期間は学園祭が終わるまでで構わないから、私が見てやれない分はしっかり目を光らせておいてくれよ」
殿下としては、自分には逆らえないと脅したつもりなのだろうけど……着々と築き上げられる罠に、自分から足を踏み入れようとしているのに気付いていないのか。
「はいっ、お任せくださいませ!」
そう思うと不思議と昂揚感が湧いてきて、あたしはいい笑顔で返事をした。




