味の記憶
「丸齧りだと? 小さく切らずに皮がついたままでか? そんな野蛮な」
「まるかじり」
せせら笑う殿下を遮るように立ち上がったラク様は、テーブルに身を乗り出してコクコク頷く。生の野菜や果物の丸齧りなど、この国でも普通だと思うのだけれど、それはあたしが男爵家だからだろうか。思い返してみれば、公爵家で叩き込まれたマナーにおいては丸ごと一個を直接食べるのは行儀が悪いと言われていた。
「食べたのか、ラク……?」
「まるかじり、大好き。リンゴもトマトも……でも、すっぱい」
興奮のあまり、最早カタコトになっているラク様。殿下が友人を宛てがおうとした事情が見えてきた。なるべくラク様の要望に応えようとはしているが、世界、身分、性別の違いから細かい配慮が足りていない。使用人は殿下の命令を愚直に守るだけだし、ラク様もそこは薄々感じてはいたが、客人という立場から言い出しにくかっただろう。
(本来なら殿下の婚約者である『エリザベス』の役目だったのでしょうけど……生憎、わたくしは殿下から敵認定されていたからね)
あたしから見て仲睦まじい二人ではあったが、こうした些細な齟齬も一年降り積もればストレスとなって現れる。殿下とその取り巻き以外友達のいないラク様は、さぞ理解者に飢えているだろう。残念ながら、あたしでは理解する事はできないけれど、興味ぐらいは示してあげられる。
「ではラク様、異世界にしかない食べ物を教えてくれませんか?」
「何の嫌がらせだ。ここで用意できないものを言わせるなど」
テセウス殿下が眉をつり上げる……が、その瞬間ラク様の目が輝いたのは見逃せなかった。
「オニギリ」
「オニギリ……というのですか。他には?」
「オミソシル……タマゴヤキ……タクアン……ウインナー……ラーメン……カレー」
次々に料理らしき名前を上げていくラク様。どんなものかは分からないが、たまに唾を飲み込んでいるあたり、味を思い出しているのだろう。目の輝きはどんどん増していき、ついに――
「おい、どうしたラク!?」
「うっ、うぅ……うえええええっ」
双眸からボロッと涙が零れ落ちる。ラク様は「タベタイ……タベタイ……」と呟きながら顔を覆って号泣し始めた。殿下は用意させたティーセットから目の前の皿にお菓子を取り分けるが、彼女は首を振るばかりで見向きもしない。これは……
「貴様、よくもラクを泣かせたな」
「そんなつもりはありませんでしたが……気分を害されたのなら謝罪いたします。もっと気の利く方をご推薦くださいませ」
ラク様の肩を抱きながら、射殺さんばかりに睨み付ける殿下だが、ここで『エリザベス』のように萎縮なんてしてあげない。
「あたしではラク様のご友人に相応しくないようですので、これで失礼させていただきます」
「おい、待……っ!」
殿下が何か言いかける前に、そそくさと退散。追って来ようにも腕の中で泣いているラク様を放っておけないだろう。普通に殿下を怒らせてラク様に近付けなくなれば、アステル様のお力にはなれないところだけれど。
(ラク様のあの反応……賭けにはなるけど、きっと来るわね)
そして予想通り、翌日殿下から引き続きラク様とお話をして欲しいと通達があったのだ。




