幕間⑨無力(王妃side)
どうか、許して……
わたくしはクラウン王国王妃オーガスタ。故郷は敗戦国家で、人質同然に貢がされたわたくしは帰る事もできない。
そんなわたくしだったけれど、嫁いだ先のクラウン王国では大いに受け入れられた。
【王太子の妃となる者は、輝くばかりの黄金の髪と青い瞳】
そんな神託が下りていたため、金髪碧眼のわたくしが来た事で、預言通りだと大喜びされたのだ――当の王太子本人を除いて。
王太子には、将来を誓い合った恋人メアリー様がいた。けれど神託のおかげで破談になったというのだ。
わたくしは所詮敗戦国からの人質。メアリー様を正妃に、わたくしを側妃にという提案を出されたのだが、それは却下された。何故ならメアリー様は非常に気位が高く、また女神アモレアの熱心な信奉者であったため、そんな彼女にとって神託は絶対であり、妃が金髪だと言われれば自分は身を引くべきだと頑なに譲らなかったためだ。
愛する人を手放さざるを得なかった王太子からは恨まれ、わたくしは冷え切った夫婦関係を針の筵の思いで送っていた。それでも人の上に立つ者として、表向きは上手くやれているように振る舞っていたし、世継ぎを身籠った時はあの御方も珍しく労りを見せてくれたものだった。メアリー様も夫のかつての恋敵だったデミコ ロナル公爵に嫁ぎ、無事出産できた暁には婚約パーティーで出されたハーブ酒で乾杯しようと言われた時には、嬉しくて涙が出た。
わたくしは何も分かっていなかったのだ。ただ、自分の出産の心配と、新たな夫婦生活への希望に目を奪われ、その時デミコ ロナル公爵家に何が起こっていたのかなど。
出産を終えてしばらく、わたくしはベッドから起き上がれなかった。夫は既に国王となっていたので、王妃のわたくし抜きで顔見せを済ますわけにはいかない。そこで詳細の公表はわたくしの回復を待ち、国民にはただ無事生まれたとだけ伝えていた。生まれたばかりの我が子は、わたくしの横で安らかに眠っている。
髪と目の色がわたくしにそっくりの、愛しの――
バタン!
「へ、陛下!? どうなされたのです……」
「どけ!」
勢いよく部屋に飛び込み、慌てる侍女を押し退けてこちらに早足で向かってきた陛下は、戸惑うわたくしをよそに赤ん坊をジロジロ睨み付ける。その眼差しが精査しているようで、思わず寒気を覚えていると……
左右に彷徨っていた視線が、ピタリと止まった。その手が、わたくしから赤ん坊を取り上げる。
「何をなさるのです!」
「我が国の守護神、愛と運命の女神アモレアよ。この者をあなた様の忠実なる僕として仕えさせると誓います。どうぞ我が愛する……クラウン王国に救済と慈悲の手を!」
「やめてください、返して! わたくしの可愛い……あ、ああっ!?」
わたくしはこの王国の闇を目の当たりにした。後から思い返しても、この時の己の無力さが許せない。出産後で動けないなど、言い訳だ。どうしてわたくしは――
数年後、我が子テセウスはたった一人の跡継ぎとしてすくすくと育っていた。お腹を痛めて産んだ子だ、可愛くないわけがない……そう、彼の成長を嬉しく思うと同時に、わたくしの心には常にあの日の後悔と闇が付き纏っている。
「テセウスに婚約者……ですか?」
「そうだ、最近神託が下りたのは、お前も知っているだろう」
【王太子妃は右胸に、薔薇の刻印のような痣を持っている】
王族に代々告げられる預言。この国の人たちは大層ありがたがっているけれど、わたくしにとって気まぐれな女神が寄越すお告げはいつだって、人生を引っ掻き回していく迷惑極まりないものだった。そんな事を口にできる立場ではないけれども。
「ですが、テセウスは六歳ですよ。決めるにはまだ早いのでは?」
「相手はメアリーの娘なのだ。早急に囲い込まなければ、また奪われてしまうだろう?」
(え……?)
陛下の御言葉に、怪訝な表情を隠せなかった。メアリー様……デミコ ロナル公爵夫人は確か、流産したと聞いていたのだが。もっとも、わたくしも自分の出産で頭がいっぱいだったので詳細は知らない。
「生まれつきの病で、いつ死んでもおかしくないため、今までずっと田舎で療養していたそうだ。この度、健康を取り戻したからと公爵が報告に参ったのだが……彼女の胸には、薔薇の刻印があったのだよ」
本当だろうか……疑ってしまうのは、わたくしたちが公表している『真実』にも後ろ暗い事があるからだ。思えば夫がおかしくなったのも、メアリー様の流産の噂が出た頃だった。
(この御方は……まだメアリー様の事を)
それならそれで構わないのだ。恋愛は自由……ましてや神託に振り回されて恋人を引き裂いたのは、わたくしの方なのだから。けれど、今度はその神託に子供たちを巻き込むなんて。
テセウスの婚約者エリザベスは、メアリー様と同じプラチナブロンドの髪を持った、美しい御令嬢だった。顔は彼女に似ていなかったが、そこは父親似なので実は公爵の娘ではない……なんて線は考えられない。薔薇の形の痣も確かめたけれど、本物だった。
この娘は、神に選ばれた。
同時に彼女もまた、息子と同じく犠牲者なのだ。この国の闇に選ばれた生贄。
ああ、どうか許して……
あなたたちのために、何もできない無力なわたくしを……




