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不思議な場所

 裏世界――それは、クラウン王国の神話に登場する、女神アモレア様の住まう領域。


「ここに……女神様が?」

「いや、神話はあくまで神話であって、そう簡単に会える訳じゃないんだけども」


 アステル様が何故か決まり悪そうに頬を掻いている。そういうものなんだろうか。


「やあ、領主様。可愛らしい令嬢をお連れですね」


 荷車を引く農夫らしき男が門の外から声をかけてくるが、その頭も犬そのものだ。どうやらアステル様は領民に慕われているらしく、その態度は身分にかかわらず砕けたものだった。


「そうだろう、私の婚約者だ」

「では、ゆくゆくは伯爵夫人となられるのですね? お近付きの印にこれをどうぞ。今年は豊作なんですよ」


 差し出されて思わず受け取ってしまったけれど、豊作と言いつつどう見ても宝石にしか見えない。同じく犬頭の農夫から受け取ったアステル様は、お手本を示すように齧り出した。食べ物なの、これ!?

 しばらく躊躇していたあたしだったが、思い切って真似をして被り付いた。


「んっ! あ、甘い?」

「変わっているだろう? ここでしか採れない貴重な果物だ」


 瑞々しい果汁に意表を突かれ、目を白黒させるあたしに、アステル様は得意げに説明する。裏世界には、地上では育たない魔力を帯びた生物が多数生息している。それらを生活に役立てるために開発し、人が暮らせる環境に整えてきたのが、歴代のディアンジュール伯爵家なのだと。


「領民たちは皆、裏世界で暮らしていたのですね。見たところ亜人が多いようですが」

「地上の伯爵家は、人が住むのに適さない環境だしな。土にも毒素が混じっているし、まともな人間なら一ヶ月と持たないだろう。領主がこんなだから、集まってくるのは他所では爪弾きになった連中だしな……亜人もその一部だ」


 そう言われて、改めて見渡す。空は赤いし生きているのは異形の者たち。少し不気味ではあったけれど、それでも向こう側の伯爵領よりもずっと住みやすいのだという。


(不思議なところ……)


 まるで夢でも見ているかのような心地になっているあたしの手を、アステル様が取った。同世代の男の人の手にはまだ慣れなくてドキリとする。


「さあ、ついてきて。君に会わせたい人がいるんだ」


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 


「珍しいのう、領主様が若い令嬢を連れてくるなど」


 伯爵邸から少し歩いた場所にある小さな家に案内されたあたしは、そこに住む学者だという人に引き合わされた。相当歳を取っているのだろうか、皺くちゃで真っ白い髯を蓄え、そして耳の後ろに生えている長い角が、山羊を思わせる。


「は、初めまして。ボーデン男爵家の娘、リジーと申します」

「彼女は僕の婚約者なんだ。先生、以前言っていた男爵領の薬草研究について確認して欲しいんだ」


 アステル様はあたしが持ってきた薬や論文を出し、あれこれと説明する。山羊の学者様は一つ一つ確かめると、うーんと唸った。


「お嬢さん、この薬は『ポーション』と呼ばれるもので、魔力によって精製されている」

「ポーション……魔力?」

「魔法薬、じゃよ。驚いた……魔法の概念がない国で儂らの存在に近付ける者がいるとは。実験してみないと分からんが、恐らくこちら側でもここまで高い効果の薬を作れる者はおらんじゃろう」

「そ、そんなにすごいんですか……?」


 魔法の存在は王家によって隠蔽され、伯爵家が管理しているとの事だったが、男爵領が知らない間に魔法薬を開発していたと言われてもピンと来ない。アステル様によれば、研究・開発した者たちも自分では魔法だとも気付いてないとの事だ。


「いずれにせよ、特許や買い取りは全て伯爵領が受け持つよ。魔法は僕たち伯爵家の管轄だからね。研究費用もできるだけ工面する……これで少しは男爵領の手助けができるといいんだけど」

「あ……ありがとうございます!」


 裏世界を、魔法を知る事で、実家の役に立てた事に、あたしは嬉しさで泣きそうになった。貧しい男爵領が持ち直せる光明が見えてきたのだ。



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