呪いの館
数日後、ボーデン男爵邸に馬車がやってきた。その姿はあまりにも人目を引くものなので、領民たちが物珍しげに集まってきた。
馬車には所々赤い紋様が描かれており、引いている馬は真っ黒なのだが、光の加減で青くも見える不気味さだ。そしてそこから降りてきたのは、黒山羊の頭をした執事服の男だった。……恐らく被り物なのだろうけど、アステル様の例があるだけに断言できないのが怖い。
「初めまして。わたくしはディアンジュール伯爵家執事、ハンスと申します。リジー=ボーデン男爵令嬢を我が主の下へお迎えするよう言い付かっておりますので、どうぞお乗り下さいませ」
「は、はあ……よろしくお願いします」
ビクビクしながらもエミィに頼み、用意してあったトランクを持ってくる。両親に行ってきますと挨拶をし、エミィと一緒に馬車に乗り込もうとすると、ハンスに止められた。
「申し訳ありませんが、お連れの方はご遠慮いただけませんか」
「私はメイドです。ここからディアンジュール伯爵領まで数日の間、誰がお嬢様のお世話をするのですか。言っては何ですが、あなたにお嬢様をお預けするのは不安しかありませんよ」
「エミィ、失礼よ」
確かに山羊頭の男と馬車で二人きりになる事を考えると、無事送り届けられるのか信じられない気持ちは分かる。事前にアステル様から手紙が届いていなければ、あたしだって足が進まなかっただろう。
何とかエミィも連れて行けないか説得したところ、彼女に目隠しをする事を条件に出される。ディアンジュール伯爵領には、常人には見せられないものがあるかららしい……けど。あたしはいいの?
「リジー様にはもう既に、ある程度の知識はありますから。これもこの国の秘密を漏らさないための処置なのです」
そう言われて、この送迎の時点で既に魔法が関わっている事を察した。まだ馬車に乗る段階なのに目隠しをするのもそのためだろう。不安そうにするエミィの手を引き、馬車に乗り込む。バタンをドアを閉めれば、完全に視界が真っ暗になった――と思った次の瞬間、反対側のドアが開く。
「到着しました。お足元にご注意ください」
「え……えっ??」
目を白黒させながらもエスコートされて馬車を降りれば、目の前には不気味な館がそびえ立っていた。ヒビが入り崩れかけた壁は苔や蔦に覆われ、雑草だらけの庭の向こうには深い森がどこまでも続いている。さっきまで快晴だったのに、上空は今にも雨が降り出しそうな、どんよりとした厚い雲しか見えなかった。
「どうしたのですか、お嬢様。何やら空気が変わったような気配がするのですが」
「分かんない……ここ、どこ?」
戸惑うエミィの手を取って降りるのを手伝っていると、ギャアギャアと耳障りな声で鳴く鳥……いや、コウモリ? 如何にも呪われてますといった感じの場所だ。
「ようこそ、リジー。我がディアンジュール伯爵領へ」
その時、ギイィ…と軋んだ音を立てて館の扉が開き、あたしたちを出迎えたのは、ハンスと同じく山羊頭を被った使用人たちを引き連れたアステル様だった。




