夏季休暇の誘い
「アステル様の領地に、ですか……?」
ディアンジュール伯爵領――険しい山と深い森に囲まれ、環境的に人が住みにくい、未知の領域だという……
「前に調べていたようだが、出てこなかっただろう? 伯爵家の秘密は門外不出だから書物に記して世に出す事は禁じられているんだ。知りたいなら、直接来てもらうしかない」
「あたしは、いいのですか?」
「婚約者だからね。でも、決して不便な思いはさせないよ。精一杯持て成すから。それに、男爵領の財源についても、力になれると思う」
実家の資金源になりそうな事については、あれからも調べていたのだけれど、いかんせん土地が痩せていて、これといった名産に恵まれていない。強いて言えば、薬草くらい……?
「それは心強いです。ぜひお受けいたしますわ」
「うん……ところでリジー、今は僕しか見ていないのだけれど、眼鏡は外さないのかい?」
「あっ、そうでしたね。目が悪い訳でもないのですから」
カツラは付け直しが手間なのでこのままだが、レンズが瓶底並に分厚いと少しだけ重いのだ。だから人目のないところでは外しているんだけど……じっと見つめられると緊張する。
「あたしの顔に何かついていますか?」
「あ、いや……王太子の婚約者をしていた時の君は、楚々としてとても美しかったけど、今の焦げ茶の髪だと違った印象があるなと」
「それは、地味だという意味ですか?」
プラチナブロンドは染めたものだし、佇まいだって血の滲むような努力で作り上げられた、偽りの姿だ。いくら美しいと褒められたところで、今やエリザベス=デミコ ロナルはあたしにとって他人だった。
地味と思われるのは計画通りなのだが、自虐に聞こえてしまったのか、アステル様が慌ててフォローする……あたしの手に触れながら。
「まさか! 君は、とても可愛い……僕にはもったいないくらい」
「――っ!」
「約束する。パーティーでは、絶対に恥をかかせない」
表情は変わらないが、その声からは真剣さが痛いほど伝わってきて、彼が本気である事をうかがわせた。そこまで大切にされている事に、顔が熱くなる一方で、微妙に距離を取られているのは寂しく思う。まだ交流して日が浅いというのもあるが……アステル様は、深く関わる事であたしが傷付くのを恐れているのだ。
(烏滸がましいと分かっているけど……これだけ心を砕いてくれるこの人の優しさに、少しでも報いたい。そのためにも、あたしはもっと知っておかなきゃいけない)
アステル様の事も、ディアンジュール伯爵領の事も――




