願いの代償
女神アモレアが悪魔!?
あたしは愕然とした。クラウン王国は、よりによって悪魔を神として崇拝してきたのか……
ショックを受けるあたしを、アステル様は静かに見つめている。
「幻滅したか? 悪魔に頼るなど、国家の風上にもおけないと。だが残念ながら、クラウン王国民は一人残らず、その悪魔の恩恵を受けているのだ。国を保つのは綺麗事だけじゃ済まない。悪魔に魂を売り渡してでも、人智を超えた力で守りたいものもある」
「だけど……そのせいで伯爵家はずっと苦しんできたのでしょう!? いくら国のためとは言え、一人を犠牲にして得た平穏など……」
「大勢の民の命と、たった一人の王族。天秤にかけるまでもないだろう? しかも命にかかわる事ではないんだ。僕一人が我慢してあいつのご機嫌さえ取っていれば済むんだから、安いものだ」
何て事ないように肩を竦める姿が、痛々しかった。確かに死ぬような事ではないのかもしれない。自分一人の犠牲で大勢の人の命が助かると言われれば、あたしだって……でも、比べようもないけど似てはいる、あたしだから分かる。それはきっと、途方もなく孤独なのだと。
「それなら……あなたは何と引き替えに、ディアンジュール伯爵家に?」
あたしの問いに、アステル様は何故か答えるのを迷っているようだった。急かさずに待っていると観念したのか、ふーっと溜息を吐いた後に口を開く。
「僕たちが生まれる少し前、ハーブを使った酒が輸入されたんだ。それからしばらくして、若い女性にだけかかる病が流行した。そう、咲疹だ……国外ではとっくに脅威ではなくなっていても、我が国では見た事も聞いた事もなかった。元々そのハーブは、クラウン王国には生息していなかったからね。
原因を特定され、魔法の存在が明らかになる訳にはいかなかった王家は、アモレアを頼った。
『この病そのものを消し去ってくれ』と――」
クラウン王国に蔓延したアレルギー被害は、なかった事になった……かに見えた。だけどひっそりと、その影響は残っていたのだ。
(それが、あたしのこの胸の痣……)
妊婦が咲疹にかかった場合、その毒素は胎児に吸収されるので、母体にはほとんど症状は見られない。母アリナもまた、知らぬ間に患っていたのだろう。そして赤ん坊の死亡率が高いこの病から、完治して無事生まれてこられたのも……
「アステル様……あなたが、あたしを」
「別に助けた訳じゃない。僕だってまだ赤ん坊だったし、あくまでアモレアと王家の間で取引があったってだけだ……な、泣く事ないだろ!?」
自分の意思じゃないと言い張るアステル様だけど、それでもあたしにとって、彼は恩人なのだ。ボロッと涙を零したのを見て狼狽えるアステル様に、あたしは感極まって飛び付いた。
「うわっ!?」
「ごめんなさい……あなたを犠牲にして救われた命をあたしは、何で生まれてきたんだろうって今まで何度も……あなたはあたしなんかよりよっぽど辛いのに、ごめんなさい!」
「僕は辛くなんかないし、どちらが不幸かなんて比べる気もない。だから泣かないで、君が謝る事なんて何もないから……」
戸惑いつつもあたしの背中に手を回し、ポンポンと優しく叩いてくれる。今のあたしはまだ無力で、自分の事だけで精一杯だ。他人を慮っている余裕はない。だけど今、この人を助けたいという想いが沸々とわいてきた。アステル様は恩人で、将来あたしの家族になる人なんだ。
決意を込めてぎゅうっと抱きしめるあたしからは、真っ赤になって固まっているアステル様の表情は見えなかった。




