嫌じゃない
婚約者、という言葉に、アステル様は不思議そうに首を傾げる。牛と人の顔のつくりから表情は読みにくいけれど、注意して見れば動作で何となく分かるものだ。
「君は……嫌じゃないのか。こんな不気味な男が婚約者で」
「先ほどは悲鳴を上げてしまいましたからね。不愉快な思いをさせてごめんなさい」
「それはいいんだ、慣れているから。……だが」
あたしを気遣い、悲しそうに俯くアステル様を、とても優しい御方だと思う。自分が傷付くよりも、他人を怖がらせしまう事を気にしている。もう恐れはないのだと伝えるために、手を伸ばして頬に触れる。
「そうです、慣れてしまえばどうって事ありません。それにあたし、もう姿形の美しい殿方にはうんざりしていますの。中身は恐ろしい方々ばかりで」
「確かに、あのような仕打ちを与える男には恐怖しか感じないだろうな……すまない」
視線が痣の場所まで下がりかけ、慌てて目を逸らされる。以前から思っていたけど、痣の位置が悪い。今までも薔薇の刻印を見る体でジロジロ見られてきたから、注目される事の煩わしさは理解できる。
「でも、ずっとこのままじゃいけないって思ったんです。恐ろしいからと言って逃げ続けるよりは、状況を打破するための方法を探そうって。
そのためにアステル様、あなたの事が知りたかった。王妃様があなたを推薦したのには、何か訳あっての事だと考えています」
「王妃様が……」
大きく見開かれた目が、何を思うのかそっと閉じられた。その仕種は、国のトップや親族に対する敬愛とはどこか違って見えたが、それが何なのか思い至る前に霧散した。アステル様が、あたしの手を握っていたからだ。
「そういう事ならば、協力しよう。君が知りたい情報には恐らく、僕の知識が大いに役立つ」
「ありがとうございます。心強いです、とても」
力になってくれるという宣言に嬉しくなり、こちらもぎゅっと握り返すと、アステル様は急にそわそわしながら手を離した。青白かった顔もピンク色に染まっている。こんな珍しい色の牛は初めて見たわ……牛じゃないけど。
「ごめん、急に……その、同世代の令嬢の手に触れたのは初めてで」
「ええっ!?」
あたふたする様がおかしくて、つい噴き出してしまったけれど、本人にとっては結構深刻かもしれない。何せずっと化け物と呼ばれ蔑まれてきたのだ。婚約者だと言うのに、これから手を握る度に謝られては、こちらが居たたまれない。
「では、これも慣れなくてはいけませんね」
「ああ、うん……そうなるのかな。君が嫌じゃなければ」
アステル様はまだ自虐的だったが、どことなく嬉しそうなのは自惚れだろうか……喜んでくれると、あたしも嬉しい。
和んだところで咳払いをし、アステル様はこれから話す事の前提として確認したいとおっしゃった。
「エリザベス、君は……『魔法』を信じるかい?」




