ディアンジュール伯爵
あたしが今の今まで次の婚約者にと指定されていた相手を気にしてこなかったのは、ひとえにそんな場合ではなかったからだ。殿下から婚約を破棄され、公爵家を勘当……『悪』の汚名を着せられたこの状況を打破するまで、学園内を逃げ隠れるという生活に慣れるのに精一杯で、それ以上は考える余裕はなかった。
けれど、あたしの今すべき事は、情報収集である。今後の生き方を考える上で、将来の旦那様に関しては事前に知っておくべきだ。それに、彼を推薦したのは殿下ではなく王妃なのだ……ジュリアンは嫌がらせのように言ってきたけれど、この婚約には伯爵を味方につけるべき理由があっての事なのかもしれない。
あたしがディアンジュール伯爵について知っている事は少ない。王族の一人である事と、辺境の地を治めてきた貴族である事。そして……代々その容貌の醜さが有名になってきた事だ。
伯爵領に関する情報は、完全に遮断されている。領民はどの程度なのか、何が特産品なのか、税収はいくらなのか……これは図書館で調べても出てこなかった。地図帳や地理に関する書物によれば、険しい山々に囲まれた地域で人の行き来もほぼなく、気候は夏は蒸し暑く冬は寒風が吹き荒れる。猛毒植物や獰猛な肉食獣が多く、人が住むには適さない……生きていけるの、これ? うちより酷い環境なんだけど。
「あら、世襲ではないのね」
続いて貴族名鑑を開いてみると、ディアンジュール伯爵家は代々、王家の親族から貰い受けた養子が跡を継いでいた。先代は、陛下の伯父にあたる御方だ。
全てがそうという訳ではなく、稀に結婚している場合もあったが、配偶者の実家の方で調べてみると、名前が消されている……どうやら訳ありで嫁がされたらしい。
(言われてみれば、あたしもそうよね。普通の令嬢にとっては、いくら王族であっても厳しい環境の中で醜い当主に嫁がされるのは、追放同然なのかもしれないわ)
だけどそれは、お互い様なのではないかと思う。醜いからと王家を追い出され、こんな辺境の土地に閉じ込められて、罪人を結婚相手として宛がわれる……伯爵家とは、それほどの仕打ちを受けなければならない何かがあるのだろうか?
(それでも、今のあたしにとっては貴重な、味方になるかもしれない人! 機会を見つけて話を聞いてもらって……力を借りなきゃ!)
棚に戻すために持ってきた本の山を抱え上げ、振り返ろうとしたその時。
「きゃっ!」
誰かとぶつかり、本ごと倒れてしまった。バサバサ…と本が散らばる中、眼鏡が相手の足元まで転がってしまったのに気付く。
(やばっ、素顔が……)
慌てて手を伸ばすより先に、向こうに拾ってもらい手渡される。お礼を言って相手の顔を見たあたしは、思わず息を飲んだ。




