幕間⑤孤児院での公爵令嬢(院長side)
孤児院が貴族から受ける施しは、偽善だと分かっている。それで運営が成り立っている事も。偽善だろうが何だろうが、寄付によって金銭的援助を、訪問によって現状の改善をしてもらうのは悪い事ではない。
ただ、あの御方がこちらに通われるのは、そうした偽善や同情心とは違うような気がした。
「エリザベスに殺人未遂容疑がかかり、私との婚約はなくなった。もうあいつは貴族ではない」
婚約者とは違い、ここには一度も通われた事のない王太子殿下が、突然顔を出した。子供たちは一瞬ぽかんとした後、口々に騒ぎ出す。
「うそだ! エリザベスさまはそんな悪い人じゃないもん!」
「いっつもやさしくて、ご本をよんでくれるし、頭だって撫でてくれるんだから!」
「エリザベスさまはどこにいるの? もう来てくれないの?」
王太子を怒らせては、この孤児院もただでは済まない。慌てて職員と共に子供たちを静かにさせようとするが、殿下はそれを制し、指を鳴らした。
そこへ運び込まれる、お菓子の山。新品の服や玩具、絵本の数々……途端に子供たちは目を輝かせた。
「今まですまなかったな、古くなった施設の補修にも、すぐに取りかかろう」
「……一体何のおつもりですか」
子供たちの機嫌が直ったのとは正反対に、声が固くなる。殿下は私の態度に眉を顰める事もなく、落ち着いた様子だった。
「子供たちの境遇に憐みを覚えてな。貴族なら誰でもしている事だろう?」
「それを、あなた様がおっしゃいますか」
王族が動かす金というのは、税金だ。交遊費用を超える金額となると、そうそう自由には使えないはず。それに王太子であれば、ただ訪問してお菓子や玩具を配るよりも、国王陛下に働きかけて孤児院の現状を訴えてもらった方がいい。孤児が出るのは、政治の影響が大きいからだ。
「何とでも言え。私がここに来たのは、孤児院の国有化のためだ」
「国有化、ですって……!?」
「税金で運営されれば職員が路頭に迷う事も、子供たちが餓える心配もなくなる。これ以上孤児が増える心配もな。もちろん、引き続き寄付を受け付ける事も可能だ……いい事ずくめだろう?」
確かにここだけ聞けばそうだが、私が気になっているのは、殿下が何故今になって動いたのかだ。孤児に対して同情心を覚えるような御方ではない事は、分かっている。
そして手渡された絵本により、推測は正しかったのだと思い知らされた。
「今後、孤児院ではこの絵本の読み聞かせを義務とする」
「!! エリザベス様の罪はまだ確定ではないのでしょう? これでは……」
「不満があるのなら、辞めてもらっていいのだぞ。お前一人がいなくなったところで、優秀な職員を雇えば済む話だ」
この御方は、何と残酷な事をするのだろう。金を使い、子供たちを使い、かつての婚約者に『悪』の烙印を押すなどと――
脳裏に、ご訪問された際のエリザベス様の姿が浮かび上がる。貴族令嬢として完璧な振る舞いをされると評判の彼女は、そこでは子供たちと一緒になって生き生きと楽しまれていた。ひょっとしたら、この王太子のそばで、とても窮屈な思いをされていたのかもしれない。
助けたい、子供たちに教えたい……彼女は『悪』などではないのだと。けれど私には何の力も、資金力もない。孤児たちを一日でも生き永らえさせるのが精一杯の、一孤児院の院長に過ぎないのだ。
王太子からお菓子や玩具を山のように与えられ、子供たちの評価は一変していった。絵本のように、エリザベスは王子の恋人に嫉妬して悪い事をしたのだと。事実が捻じ曲げられていくのが口惜しくてたまらない。しかし否定しようものなら院長であろうと容赦なく解雇されるだろう。
エリザベス様はこのまま『悪』として王太子の思惑の犠牲になるのか……
そして学生たちが新年度を迎える直前、王太子と王妃から同時に通達があった。テセウス殿下からは、エリザベスが引き続き学園に通う事になったので、訪問した際には必ず報告するように、と。そして王妃様からは……ひとまずは息子の命令を聞いたふりをして欲しい、との事だった。
最初は意味が分からなかったけれど、焦げ茶色の髪のカツラに瓶底眼鏡で男爵令嬢を名乗ったあの御方を見た際に、自分が何をするべきかを悟った。見た目は大きく変わっても、多少声色を変えても、滲み出る雰囲気は消せないものだ……少し寂しげで、それでいて子供たちを前にすると生き生きと輝く優しさは。
私は殿下に、エリザベス様に浴槽と屋根裏の掃除をお願いした事を報告すると、信頼できる他の孤児院の院長たちにも手紙を出したのだった。




