初めての友達
血の気が引いた。
リューネ様は秘密をよそにバラしたりする人じゃない、と分かっているとは言え、他がそうである保証はどこにもない。そう、リューネ様が気付いたのであれば、これから別の誰かに知られる可能性もあるのだ。
「落ち着いて、リジー! 私は殿下に……いいえ、誰にもこの事を言うつもりはないわ。あなたが正体を隠す事情は分かるもの」
「ああ、リューネ様……お気遣いありがとうございます。どうしてあたしが、エリザベスだと?」
冷めたハーブティーを飲んでから、リューネ様は説明してくれた。
「普段からリジーは大人しい方だけど、とりわけ午前中はほとんど喋ろうとしなかったじゃない? 何となく雰囲気も違うし、よく見たら瞳の色も違うのよね。だから別人と入れ替わってるのには気付いてたけど、訳ありなのにまだ親しくもない私には話してくれないんだろうなとは思ってた。
特定できたのは、社会学習の絵本を読んでる時ね。エリザベス様を、まるで自分の事のように話していたわ。だけど誰にでも見破れるとは思えないわ。子供たちは気付かなかったんでしょう?」
リューネ様の指摘に、完璧には隠し切れていなかった事に落ち込む。よっぽど注目していないとバレないらしいけど、クラス委員でもあるし、殿下やジュリアンと接触する機会は今後も増えていく。これまでと同じやり方では隠し通せないかもしれない。
あたしは、リューネ様に王妃や学園長、孤児院の院長と協力して二重生活を送っている事情を話した。殿下に潰された刻印を見せてくれと言われたので、見ていい気分のものじゃないと前置きした上で、胸元を寛げる。リューネ様は顔を顰めていたけれど、目は逸らさずにじっと刻印を観察し、時々手で触れた。
「ありがとう、見せたくなかったでしょうに」
「いえ、こちらこそ……黙っていてごめんなさい。あたしの問題だから、他の人は巻き込みたくなくて」
「それなんだけど、リジー。私も仲間に入れてくれない?」
はい? と首を傾げるあたしの肩を、リューネ様はがっしり掴んだ。目がキラキラ輝いている。
「王妃様は、心を許せる友人を作れっておっしゃったんでしょう? 私、許せないの。テセウス殿下の女の子に対する外道な所業もそうだけど、怒らずに受け入れてしまっているリジー、あなたにもよ」
「何とも思っていない訳ではないですが……だって、王妃様でさえ強く言えないのですよ? それに、殿下がこのような仕打ちをなさるのは、神託のせいで……」
「それよ、そもそも王家の人たちは、神託に囚われ過ぎじゃない。そりゃ、自分の死に関する事なら分かるけど、今の代では王太子妃がどんな人かって内容でしょ? それを避けるために痣を焼きごてで潰すのは、どう考えてもやり過ぎだわ。
それにこの件に関して、陛下が何もおっしゃらないなんて変よ。絶対に何か裏があるはずだわ」
リューネ様に言われ、あたしは目から鱗が落ちた。婚約した時から感じていた、殿下の神託への憎悪が凄まじくて、理不尽な仕打ちも仕方がないと受け入れてしまったが、確かに他にやりようがあった気がする。あの御方を前にして、間違った振る舞いをしていないかばかりを気にしていたので、殿下の言動のおかしさについて考えた事もなかったのだ。
「あたしもきな臭さは感じていましたが、陛下も関係していたとするならば、単に婚約者への不満では収まらない事情があるのかもしれませんね」
「それが何なのかはまだ分からないけど……婚約破棄した後もああやって追い込もうとするなんて、きっとまだあなたを利用しようって思惑があるのよ」
リューネ様による推察に、ぞっとして自身を抱きしめる。悪役令嬢エリザベスは何のために、誰のために必要だったのか? 婚約が破棄されてからは単にラク様をいじめから守るための囮ぐらいに思っていたけれど……ひょっとして本当の『悪役への断罪』は、ここからが始まりじゃないのか?
「では、これからどうしたら……今のあたしには、隠れて逃げ回る事しか」
「だーかーら、逃げるにしても手札を増やしておくのよ。情報収集をしたり、頼りになる仲間を見つけてね。
差し当ってリジー、私と友達になりましょう? いつまでも様付けじゃ寂しいから、『リューネ』って呼んで」
「えぇっ!? そ、それは……」
「実家の爵位を抜きにしても、本当は一年先輩なんでしょ? 呼ばないと私も『エリザベス様』って呼ぶから」
「は、はい……リューネさ、リューネ!」
「うんうん、敬語もなしでね」
友情の証に手を取り合えば、リューネの耳が嬉しそうにぴこぴこ揺れる。照れ臭いけど初めてできた学園での友達に、胸が熱くなるのを感じた。




