リューネの疑惑
翌日の『天使の曜日』は授業は休みだが、国民は午前中に神殿へ集いお祈りをする。この日はどう過ごせばいいか、学園長と王妃からは『リジー=ボーデン』として過ごすように言われていた。神殿に侵入して鎧に細工をし、異世界からの客人を襲った容疑をかけられているエリザベスが近付くのは危険だ。
久しぶりに通った神殿の廊下は、今までとは様子が一変していた。飾られていた、合計四十体の騎士鎧がない。さらに絨毯も新しいものが敷かれていた。当然だろう、ここはラク様が不審人物に襲撃された現場なのだから。
(何か真犯人の手がかりが残っていないか気になったけれど……証拠は全て消されたみたいね)
「おはよう、リジー」
「あ、おはようございます、リューネ様」
神殿内の長椅子に腰かけ、女神像を見上げていると、後ろからポンと肩を叩かれる。振り返ると、そこにはリューネ様がいた。王族やその配偶者、婚約者などは一番前と決まっているので、それ以外の席は何だか新鮮だ。
「隣、座ってもいい?」
「もちろん、どうぞ」
「ねぇ、入り口んとこの兵士たち見た? エリザベス様が来たら追い出すよう命じられてるんだって。休息日の礼拝は国民の義務なのにね?」
「仕方ないですよ、不法侵入と殺人未遂の容疑がまだ晴れてないのですから」
弱々しく笑うと、リューネ様は眉根を寄せ、こちらをじーっと見つめてきた。眼鏡がずれそうになり、慌てて直す。
「な、何でしょう?」
「リジーさぁ、友達になったんだから、そろそろ打ち解けようよ。ずーっと畏まった口調で喋ってるよね?」
「それは……リューネ様は侯爵令嬢で、あたしは男爵令嬢……」
「そうだけどさぁ……んもぅ!」
なおも詰め寄ろうとするリューネ様だったが、神官と聖歌隊が入って来たので、頬を膨らませて会話を打ち切った。
リューネ様のお気持ちは嬉しいけれど、身分の差がないというのは学園内での建前だ。ここ、神殿ではその差は歴然と表れる。それに、下手に疑われて彼女まで巻き込んだらと思うと、どうしても一線を引いてしまう。
持ってきた讃美歌の本を開き、聖歌隊に合わせて歌っていると、リューネ様は口元を本で隠しながら、こそっと耳打ちした。
「じゃあ……ここでは『エリザベス』様って呼ぼうか?」
「ひゃあっ!」
いきなりそう言われ、思わず飛び上がった。周囲にジロジロ見られ、焦って頭を下げながら、あたしは冷や汗をかいていた。リューネ様、一体何を……。様子を窺うと、彼女は無表情でこちらを見定めるような目で見てくる。
「何か変な事言った? 『リジー』って、『エリザベス』の愛称でしょう?」
「そうですけど、でも」
「話は後でね」
何事もなかったように歌い出すリューネ様に、あたしは気が気じゃなかった。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう……)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
礼拝が終わると、出口の所でスタンプを押しに行く。休息日に神殿へ来る習慣を付けさせるため、子供たちにはスタンプ用の手帳が配られるのだ。もちろん大人も希望すれば参加できるので、あたしは真新しい手帳を発行してもらった。
「もうスタンプって歳じゃないけど、これがないと落ち着かないのよね。あら、リジーの手帳って変わったデザインね」
「これはボーデン男爵領の施設で発行してもらったんです」
神殿に集まれるのは、王都の住人だけだ。他の領地にはそれぞれ、神殿に派遣された神官が礼拝を担当している。あたしは学園に再入学するための手続きでバタバタしていたため、行っていなかったのだが……
「ふーん、地域によってデザインが違うんだ。毎回行ってて偉いのね」
「……」
だらだらと、汗が噴き出す。スタンプが偽物だと気付かれないかしら。そんな心配をよそに、リューネ様は手帳を返してくれた。
スタンプは赤いインクに羽の可愛らしいデザインだった。ポンポンと押してもらう度に、子供たちが早く自分の番にならないかと目を輝かせている。震える足を叱咤しながら、あたしは手帳を差し出した。
ポン、と手帳に判が押し付けられる。
「……っ」
「リジー、どうしたの? 顔が真っ青よ」
「へ、平気です!」
参ったな……こんな何でもない事に体が反応してしまうなんて。
遠慮するあたしに構わず、リューネ様は馬車を呼んであたしを連れ込み、学生寮へと戻った。そして手を引かれるままに入室したのは、リューネ様のお部屋。……あら?
戸惑うあたしにリジー様はハーブティーを淹れてくださり、落ち着いた頃に切り出した。
「リジー、さっきの話の続きよ。
あなたは……エリザベス=デミコ ロナル公爵令嬢なのでしょう?」




