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幕間②杯土楽(ラクside)

 その日、私はいつものように部屋でゴロゴロしていた。お母さんからそろそろ部屋を片付けろって言われたのを思い出し、めんどくさいなぁと思いながら、ベッドから起き上がろうとする。

 そして床に足をつけた瞬間、出しっぱなしにしていた本を踏ん付け、ずべっとすっ転んだ。


「ぐへっ!」


 ない胸をしたたか打ち付けてしまい、痛さで悶絶する。その時、パアッと周囲が光った事に、私は気付けなかった。


「あ痛たたたた……って、ここどこ?」


 胸を擦りながら起き上がると、そこはベッドではなくテーブル。薄暗がりの中、見知らぬ男たちに囲まれ、私は広げられた本の上に乗っかっていたのである。


「だ、誰よあんたら!? って私、部屋着じゃん」


 キャミソール一枚の姿だった事を思い出し、慌てて体を隠そうとする。と、その腕を掴んでじっと胸元を覗き込んできた奴がいた。この変態!!

 バシッと平手打ちを食らわすと、ポカンとしていたが、やがてニヤリと不敵に笑い、何事かを周囲に告げる。やだ……よく見たらめっちゃイケメン!


 後から聞いたところ、彼――テセウスはこう言っていたらしい。


『見つけたぞ、彼女こそが私の運命だ!』


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 いきなり変な世界に飛ばされてしまい、途方に暮れて泣き出した私を、テセウスは何くれとなく世話をして慰めてくれた。一人も知り合いのいない、言葉の通じない中で、私が頼れるのはテセウスだけ……

 何とか言葉を覚えて知ったところによれば、この国の名前はクラウン王国というらしい。そしてテセウスは、そこの王子様だった。やっぱり、金髪碧眼の超イケメンだし、それっぽいオーラだと思ったんだよね。


『呼び捨てはやっぱりまずいよね……みんなみたいに、テセウス殿下って呼んだ方がいい?』

『今更他人行儀なのは寂しいな。まあ、ラクの好きに呼べばいいさ』


 私はテセウス……様と同じ学校に通わされていた。授業内容も日本とは全然違うし、何より言語から習得しなきゃいけないレベルだったから大変だったけど、テセウス様は根気よく付き合ってくれた。おかげで日常会話なら何とかできるまでにはなった。

 そうなると、だんだん悪口も理解できてくるもので――


『特別扱いされてるからって、いい気にならないでよね』

『あんた、テセウス殿下の恋人気取り? ――がいるのも知らないで』

『この国では――は絶対なのよ。殿下に優しくされて勘違いしてるようだけど』


 どうやら妬まれているらしいのは分かったけど、意味不明な単語が不安を煽る。テセウス様に聞いてみると、それまでの優しかった笑顔が一瞬、凄まじい表情になったのでびっくりした。き、気のせいだよね……?


『ラク、お前には胸に痣があるだろう?』

『え? この世界に飛ばされてきた時に小物が当たってできた痣の事? もう薄くなってるよ』


 何だと? と詰め寄る彼に押されて、私は鎖骨の下あたりまではだけてみせる。ちょっと恥ずかしかったけど、テセウス様にならこれくらい……と自分でもよく分からない線引きをしていた。つまりはまあ、イケメンだから許したって事で。

 テセウス様は深刻な顔付きで考え込んでいたが、やがて私の肩を掴む。


『ラク、聞いてくれ。私がお前を保護したのは、神託で預言された薔薇の痣の乙女だからだ』

『よ、預言!? 何だか知らないけど、そんな大層なのじゃないよ私!』

『ああ……痣がないのがバレたら、命を狙われるかもしれない』


 ど、ど、どうしよう!? 涙目でパニックを起こす私を安心させるように、テセウス様が抱きしめてきた。


『大丈夫だ、完全に消える前に入れ墨を入れれば問題ない』


 入れ墨で誤魔化せるの!? と言うか、ただの痣なのに消えなくしちゃうのかぁ。日本でも入れ墨を入れる人はいるけど、ちょっと抵抗あるなー。まあ、帰れるのかも分かんないし、命の方が大事だよね。

 無事入れ終わったのを確認すると、テセウス様がそこに唇を押し当ててきた。ひえぇ、際どい!

 真っ赤になる私の手を取り、跪く彼の言葉の意味を、私は深く考えていなかった。


『神託の乙女は、私が決める。運命だって作り変えてやるさ』



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