開演前の一幕
実験クラブの後は、適当に他のクラブの出し物にも挨拶に顔を出し、一行は講堂を目指した。学園祭ではここの舞台を使った演目が見られるのだが、今の時間帯だとちょうど演劇部の芝居が始まる直前だった。
「演劇の内容は、私が出版させた絵本を元にしているそうだ。どんな芝居になるか見ものだな……どうしたドロン、不機嫌そうな顔をして。お前の婚約者も出ているのだぞ?」
「殿下が原作に携われた劇を共に拝見できるのは光栄の至りですが……正直、婚約者がクラブ活動をするのはずっと反対でした。ただでさえみすぼらしい風体なのに、役者など下賤の者がなるものでしょう」
ドロン様の、あまりにもリューネを蔑む物言いに、思わず睨み付けそうになって慌てて殿下たちから顔を背ける。『リジー』の親友の事で『エリザベス』が怒るのは不自然だ。
(それにしても、随分昔の考え方だわ。かつてこの地域では亜人が奴隷として扱われる事があったし、役者も『河原の銭拾い』とまで言われて低い役職だった。
だけどリンクス公爵家は代々外交関係で政略結婚を結んでいる……亜人の血もれっきとした高貴な系譜からのものよ。その公爵領では役者の地位は高く、外相から勲章を贈られた俳優も何人かいるのに)
リューネはその内の一人に強い憧れと影響を受け、演劇部に入部したと聞いた。ドロン様はまだ婚約者の時期から彼女を束縛するつもりなのか。
(アステル様だけじゃない。この国には古い慣習に縛られて苦しんでいる人がたくさんいる。あたしだってそう、だから……リューネ、もう少し待っていてね)
拳をぎゅっと握りしめて、密かに決意を固めていたあたしに、特等席とも言える位置からお父様が張り上げた声が耳に入ってきた。
「テセウス殿下、こちらです! 席をお取りしておきました!」
は、恥ずかしい……公爵らしからぬ必死な姿に、周囲は何事かとこちらに注目してくる。……し、視線が一斉に!
「殿下がいらしたぞ」
「隣におられるのは、ラク様じゃない……?」
「エリザベス嬢だ! 見たの何ヶ月ぶりだ?」
「ついに殿下直々に捕らえられたか」
口々に人を犯罪者のように言う生徒たち。殿下がそういう空気を作ってきたから仕方のない部分もあるけれど……果たしてここから上手く覆せるのか? それは、今から始まるこの舞台にかかっている。
お父様との合流場所に向かうと、最後に着いたあたしの座る場所がなかった。
「公爵、エリザベスの席がないようだが」
「恐れながら、不肖の娘など地べたで充分かと」
「それは私が決める事だ。全員立て」
お父様のつまらない嫌がらせを速攻で却下し、殿下は各自の席順を決めて座らせた。結果、お父様が立つ事になってしまったけれど……どっちにしろ後ろの席の人には邪魔になるので、壁側まで離れてしまった。最初から人数分取っていればこうはならなかったのに。
が、あたしとしては自分が立っていた方がましだったと後悔する。無表情の殿下と嫌そうな顔をしたジュリアンに挟まれる形で座らされたのだ。に、逃げられない……
ともあれ、緊張の中でリューネたち演劇部の舞台の緞帳が上がったのだった。




